何を求め、何を選ぶ? 転職の今を見つめる =第3章・お金=
やっぱりお金が大切?
経済の停滞感が続き、生活レベルの維持に必要な所得水準が引き上がる中、ここ数年は労働市場に賃上げのムーブメントも広がっている。他方、高齢者や女性の労働参加が進んだことで上昇してきた労働力人口の増加率は近年鈍化傾向にある。
この労働力供給の減少は企業に対する「労働者の交渉力」を高める好材料となり、企業は質の高い人材を確保するために魅力的な仕事・報酬を提示する必要性が増してきた。現に、大企業に限らず中小企業においても人材獲得・離職防止を主な目的に賃上げを行う企業は珍しくない。
かたや、給与アップを優先の目的に掲げて転職活動を行う求職者は多く、待遇向上をキャリアアップと捉える考え方は根強い。企業に限らず、働く人にとっても『お金』は強い関心事であろう。この給与を上げるという目的は、転職によって果たされているのだろうか。
転職の入口と出口には給与が
2023年6月以降の1年間に転職活動を行った20代~50代正社員を対象にした転職活動における行動特性調査2024年版では、転職活動を行った理由を聞いている。内訳をみると、「給与が低かった」が26.6%で最も高く、2年連続でトップとなった。【図1】
また、実際に転職をした人の就業先を決めた理由では、「給与が良い」が24.9%で前年同様にトップとなった。次いで「休日や労働時間が適正範囲内で生活にゆとりができる」「福利厚生が整っている」となっており、就業先を選ぶ指標として給与が優先される傾向がうかがえる。【図2】
転職の入口と出口で常に求職者に意識を向かせる給与の要素は、一連の転職活動(応募先の決定から就業先の決定まで)を動機づける主な要因の一つと言えるだろう。
年収アップのリアル
では、転職によって給与が上がった人はどれほどいるのか。転職活動における行動特性調査2024年版の結果をみると、転職により「年収が上がった人」の割合は37.6%(前年比:2.8pt減)。3人に1人程度の割合と、決して大多数が待遇向上を実現できているわけではない。
また「前職(転職前)の平均年収」「現職(転職後)の平均年収」「希望(転職時に希望した)平均年収」という3軸で差を比較したところ、前職年収に比べて希望年収が51.0万円高い一方、希望年収に比べて転職後の現職年収は37.1万円低い。【図3】
この結果から一つ考えられることは、転職活動時に”高い給与”を希望し、実際に給与は上がるものの、希望額までは満たない人も多いということだ。転職により給与を上げること自体もそうだが、上がったとしても理想とする水準まで向上させることは決して容易でなさそうだ。
持続的に給与を上げるには?
そもそも、転職の成果として賃金向上を望む人は多いが、労働基準法の定める賃金とは「労働の対償として支払われるもの」であり、能力や成果の向上なしに実現するのは簡単なことではない。だが、その“簡単でない”を即効性をもって実現しやすい手段が、転職だ。
方法は様々ある。仕事の量・役割・責任の範囲を広げたり、成長産業や賃金相場の高い分野に移ったり、職能資格でなく職務や個人業績を評価軸とする企業に転職したり…。賃金は原則、労働力の需要と供給のバランスによって決定される。同じ会社に居ながら、すぐに、自分の力だけで、劇的に賃金水準を変えるのは難しいが、転職であれば自らアクションすることによってこの均衡を破り、転職直後の給与を上げることが可能になる。
ただ、これが一時的な向上になってしまう恐れもある。先に示したように、賃金は労働力の需要と供給のバランスによって水準が決まるため、持続的な給与向上には自身の価値を高めていく必要がある。この価値というのはどのように向上させることができるだろうか。
効果を高める「個人の学び」
厚生労働省は2022年、経済変化に柔軟で個人の多様な選択を支える「しなやかな労働市場」を実現し、人材の活性化と生産性の向上を通じた賃金上昇のサイクルを目指すための「賃上げ・人材活性化・労働市場強化」雇用・労働総合政策パッケージを策定した(※2)。
また政府はこれまで「三位一体の労働市場改革」(※3)として、①リ・スキリングによる能力向上支援 ②個々の企業の実態に応じた職務給(ジョブ型人事)の導入 ③成長分野への労働移動の円滑化 を強化してきた。
これらが目指す方向性は、人への投資を中心とした賃金上昇サイクルの実現であり、このサイクル実現に欠かせない機能を果たすのが「個人の学び」 である。【図4】
調査データからも、個人の学びやスキルの習得が転職後の年収に影響を与えることがわかる。転職動向調査2023年版では、転職した人のうち「リスキリング経験者」の方が、経験のない人より年収が高い傾向にあった。【図5】
以上を踏まえても、賃金アップの手段、とりわけ転職によって待遇を向上させ、それを持続させる手段として、スキルの向上が一つの有効策であることが言えるだろう。
キャリアを強化する汎用的スキル
スキルにも種類がある。その会社独自の「企業特殊的技能」は環境が変わることで活用できない(しにくくなる)可能性があるが、この技能を構成する知識や職種ノウハウ自体に高い専門性や汎用性があれば、転職先に広く応用することできる。他方、「ポータブルスキル」は職種・業種を問わず汎用することができるビジネススキルで、コミュニケーション能力や対人スキルなどが例である。このポータブルスキルも環境の変化に強い。
労働需要推計が示された経済産業省の「未来人材ビジョン」(※4)では、「これからの時代に必要となる能力やスキルは、基礎能力や高度な専門知識だけではない」とした上で、次のような意識・能力・姿勢が求められるとしている。
- 常識や前提にとらわれず、ゼロからイチを生み出す能力
- 夢中を手放さず一つのことを掘り下げていく姿勢
- グローバルな社会課題を解決する意欲
- 多様性を受容し他者と協働する能力
また、将来(2050年)において一層求められるスキルとして「問題発見力」「的確な予測」「革新性」などを挙げている。これらは、学校に通ったり専門講座を受けたりして知識を吸収する類の専門スキルとは違い、日常のビジネスシーンでも意識することで養うことができるスキルだ。能力を磨き自身の価値を高める学びの方法は一つではなく、仕事の実践の中で補強しながら、そのスキルを活かすことで自身の仕事の実績を築いていくこともできる。
不確実性が高いVUCA時代にあっては、社会で求められる能力は刻一刻と姿を変える。今の仕事や能力が、この先の未来で同じように価値をもたらすか不透明な部分も多いからこそ、目の前の業務や既存のスキルに固執することなく、未来志向で、専門性を高めたり、汎用性を加えたり、既存の能力と掛け合わせて新たなスキルを育んだりする必要がある。
そうやって、自分が将来目指す仕事・待遇・働き方を意識しながら、働く力と応用力をアップデートさせることで、組織にも社会にも必要とされる価値が増幅していくだろう。この学びと進化が、転職してすぐの給与、そして持続的な待遇の向上を味方してくれる。=続く=
マイナビキャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太
2023年度以降の直近1年間で ①転職した人(800名)②転職活動をしたが、転職していない人(800名)の計1600名を対象にした調査。
※2「賃上げ・人材活性化・労働市場強化」雇用・労働総合政策パッケージ
厚生労働省が令和4年に策定。経済変化に柔軟で、個人の多様な選択を支える「しなやかな労働市場」を実現し、人材の活性化と生産性の向上を通じた賃金上昇のサイクルを実現することを目指すとしている。
令和5年に示された「三位一体の労働市場改革の指針」では、構造的賃上げを通じ、同じ職務であるにもかかわらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を、国毎の経済事情の差を勘案しつつ、縮小することなどが目標に掲げられている。
経済産業省は、2030年、2050年の産業構造の転換を見据えた、今後の人材政策について検討するため、「未来人材会議」を設置し、雇用・人材育成から教育システムに至る政策課題について議論。未来を支える人材を育成・確保するための大きな方向性と、今後取り組むべき具体策を示すものとして、「未来人材ビジョン」を2022年に公表した。