何を求め、何を選ぶ? 転職の今を見つめる =第1章・安定=

宮本祥太
著者
キャリアリサーチLab研究員
SHOUTA MIYAMOTO

転職 』は現状のキャリア課題を解決する手段となり、将来のキャリアの可能性を広げる戦略にもなり得る。転職へのマイナスイメージは時代とともに薄れ、仕事に対する個人の価値観は多様化している。働く人が意欲的にキャリアチェンジを試みる今の時代。求職者は転職にどのような希望を求め、どのように転職先を選ぶのか。2023年6月以降の直近1年間に転職活動をした人を対象にした「転職活動における行動特性調査 2024年版」のデータを読み解き、社会情勢とともに姿を変える転職の今を見つめる。 (本コラムは連載でお届けします)

就業先に求める安定とは?

デジタル化の進展により社会に求められる労働需要が変化し、キャリアに関する不確実性が高まっている。長期雇用を前提とした日本型雇用において企業組織に求められ続けてきた安定という要素は、時代が変わった今も、働く人が就業先に望む重要な条件の一つだ。しかし、その捉え方や意味は時代とともに変わっているのかもしれない。

転職活動における行動特性調査2024年版では、2023年6月以降の1年間に転職活動を行った20代〜50代の正社員を対象にアンケート調査を行っている(※1)。転職活動においてこだわった点(転職の軸)の結果をみると、「転職先企業に将来性・安定性があること」が86.2%(前年比:1.3pt増)で全15項目の中で最も高く、2年連続のトップとなっている。【図1】

【図1】転職活動においてこだわった点(複数回答)/転職活動における行動特性調査2024年版
【図1】転職活動においてこだわった点(複数回答)/転職活動における行動特性調査2024年版 ※回答ベース:2023年6月以降の1年間に転職活動を行った20代〜50代の正社員1,600名

では、就業先の決定に大きな影響を与える安定とはどのような性質のものか。仕事選び・会社選びの文脈における安定は曖昧に一括りで捉えられがちだが、その捉え方は現在置かれている環境や属性によって様々に異なる。

仕事・処遇に高いニーズ

転職活動における行動特性調査2024年版では「就業先の決定における安定性とは何を指すか」についても質問している。結果は、「今後もなくならない仕事であること」が42.1%が最も高く、「人事制度や福利厚生が整っていること」が34.9%、「労働日数・時間が規則的であること」が34.8%と続いた。【図2】

転職先の決定における安定性(複数回答)/転職活動における行動特性調査2024年版
【図2】転職先の決定における安定性(複数回答)/転職活動における行動特性調査2024年版 ※回答ベース:2023年6月以降の1年間に転職活動を行った20代〜50代の正社員1,600名

特徴として、担当する仕事内容、人事制度・福利厚生・労働時間等の処遇に関する安定へのニーズがうかがえる。

学生は組織に強い関心

転職活動を行った人(転職活動者)の安定の捉え方は、就職活動を行う学生とは少し違ってみえる。2025年卒大学生就職意識調査の「学生の企業選択のポイント」に関する調査データをみると、『安定している会社』が49.9%で6年連続最多となっている。【図3】

【図3】企業選考のポイント(上位3項目)/マイナビ 2025年卒大学生就職意識調査
【図3】企業選考のポイント(上位3項目)/マイナビ 2025年卒大学生就職意識調査 ※回答ベース:2025年3月卒業見込みの全国大学3年生、大学院1年生 39,190名

また、同じ調査の「企業志向」に関する設問の結果をみると、『大手企業志向』が53.7%(前年比4.8pt増)となっており、中小企業志向のスコアより10pt以上高かった。【図4】

【図4】企業志向(大手志向/中堅・中小志向)の推移/マイナビ 2025年卒大学生就職意識調査
【図4】企業志向(大手志向/中堅・中小志向)の推移/マイナビ 2025年卒大学生就職意識調査 ※回答ベース:2025年3月卒業見込みの全国大学3年生、大学院1年生 39,190名

大学生就職意識調査の結果を合わせて考えると、大企業を特徴づける「会社規模」「事業スケール」「資金基盤」「知名度」など組織そのものに対する安定のニーズがうかがえる。また別の調査でも企業に対して安定性を感じるポイントとして「業界大手」「安心して働ける環境」が上位の傾向にあり(※2)、組織の立ち位置や働く環境に対する関心は高そうだ。これらは客観的・定量的な事実として把握できる要素も多く、就業経験がない学生にとっては就業先を選ぶ上での指標としてもわかりやすい。

個人の安定 > 環境の安定

両者が求める安定の違いを考えてみると、学生は、働く環境や事業・経営などの盤石性、つまり『環境・組織の安定』へのニーズが高い傾向。これに対して、転職活動者は、自己を中心に据えて、自身が担う仕事や自身に保証される処遇といった『個人の安定』に対する優先度が高い傾向がうかがえる。

大企業だからといって快適で自分に合う働き方ができるとは限らないし、中小企業だからといって社会に必要とされる仕事に携われないということも全くない。これは、組織において自分の仕事や役割が明確になっていくことで徐々に認識していくものだ。

これを踏まえても、「働くこと」を経験する中で、働く人の安定への関心は、自己の周辺を囲む環境的な要素(事業・組織)から自分自身により身近で直接関係が深い事柄(処遇・仕事)にシフトすることが考えられる。【図5】

【図5】イメージ図:転職活動者が求める安定
【図5】イメージ図:転職活動者が求める安定

その『個人の安定』の核たるものが「仕事」であり、自分が担う仕事が将来にわたって価値をもつかという『仕事の持続可能性』だ。なぜ今、仕事の持続可能性が求められるのだろうか。

変わる仕事、変わる評価軸

経済産業省が2022年に公表した「未来人材ビジョン」(※3)には、労働需要の推計に関して次のような記述がある。

AIやロボットで代替しやすい職種では雇用が減少するが、 代替しづらい職種や、新たな技術開発を担う職種では雇用が増加する。

具体的には、今後デジタル化と脱炭素化が進展し、高い成長率を実現した場合、特に事務従事者・販売従事者などの職種や卸売・小売業などの産業の労働需要が減少し、現在の産業を構成する職種のバランスが大きく変わると展望されている。

労働市場の動きをみると、近年ではIT分野スキルの能力開発が国家プロジェクト的に推進されており、転職市場ではDX(デジタル・トランスフォーメーション)人材の採用ニーズが急拡大。グローバル市場においてスタンダードになっているGX(グリーン・トランスフォーメーション ※4)の人材獲得を強化する企業も出始めている。

未来人材ビジョンの労働需要推計や採用ニーズの変化がどれほど世間に認識されているかはわからない。しかし、足元では着実に変化が起こっている。AI技術は今や優秀なビジネスパートナーとして資料をまとめ要点を示してくれるし、ジョブ型雇用やリスキリングの言葉の広がりとともにビジネスの現場で専門性や職務そのものが重視されるようにもなった。時代とともに、自分の身の回りでも仕事が淘汰されていく流れを感じたことがある人は少なくないと思う。

厚生労働省の就労条件総合調査の約20年のデータ推移をみると、基本給の決定要素は「職務、職種などの仕事内容」が上昇傾向にあるのに対して、職務遂行能力や年齢・勤続年数は減少傾向にある(※5)。評価軸のシフトチェンジを考えても、働く人が就業先に仕事の持続可能性を求めることは偶然でないだろう。

求めるのは仕事の持続可能性

仕事の持続可能性は、変化を遂げる今の時代、さらに大きな変化が予測されるこれからの時代を働き抜く上で重要な要素と言えよう。この仕事の持続可能性の重視に含まれる意味は、不確実な時代に身を置き働く人たちが、現在の仕事と将来の自分を結びつけて捉えていることにある。そこには、自らで主体的にキャリアを管理しようという意識の高まりも感じとれる。 =続く=

マイナビキャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太


※1 転職活動における行動特性調査2024年版

2023年度以降の直近1年間で ①転職した人(800名)②転職活動をしたが、転職していない人(800名)の計1600名を対象にした調査。

※2 2025年卒 大学生 活動実態調査 (3月)

2025年3月卒業見込みの全国の大学生、大学院生の計3,647名を対象とした「マイナビ 2025年卒 大学生 活動実態調査 (3月)」では、企業に対して安定性を感じるポイント(最も安定性を感じるもの1つ)として、「業界大手である」が12.7%で最も高く、次いで「安心して働ける環境である」12.6%、「福利厚生が充実している」12.2%となった。

※3 未来人材ビジョン 

経済産業省は、2030年、2050年の産業構造の転換を見据えた、今後の人材政策について検討するため「未来人材会議」を設置し、雇用・人材育成から教育システムに至る政策課題について議論した。未来を支える人材を育成・確保するための大きな方向性と、今後取り組むべき具体策を示すものとして、「未来人材ビジョン」を2022年に公表した。 

※4 グリーン・トランスフォーメーション 

脱炭素社会に向け、化石燃料から再生可能なクリーンエネルギーへの転換を図る取り組み。経済産業省は、エネルギー安定供給の確保が世界的に大きな課題となる中、GX(グリーン・トランスフォーメーション)を通じて脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長の3つを同時に実現することを目指すとした。 

※5 就労条件総合調査 

基本給の決定要素の2022年結果では、「職務・職種など仕事の内容」 (管理職 79.3%、管理職以外 76.4%)が管理職、管理職以外ともに最も高く、次いで「職務遂行能力」(管理職 66.6%、管理職以外 66.3%)、「学歴、年齢・勤続年数など」(管理職 57.4%、管理職以外 65.8%)。2001年結果では、「職務遂行能力」(管理職 79.7%、管理職以外 77.3%)、「学歴、年齢・勤続年数など」(管理職 73.9%、管理職以外 80.6%)、「職務・職種など仕事の内容」 (管理職 72.8%、管理職以外 70.6%)。 

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