マイナビ キャリアリサーチLab

ニュースタイルがもたらしたコミュニケーション手段の変化が人々に与えるストレス

大城戸菜月
著者
株式会社マイナビ
NATSUKI OOKIDO

コロナ禍から新しく生まれた習慣やニュースタイルが定着してきました。最初のコロナウイルスの大流行から4年以上を経ていますが、コロナウイルスに起因するものだけでなくとも社会の移り変わりは目まぐるしく、新しい働き方やあらゆるものにおける選択肢の増加など、現代を生きる私たちは間違いなく大きな過渡期にいます。

そんな中、近年世界的にも注目されているのが「メンタルヘルス」についてです。「変化」が人々に与える影響は想像以上に大きく、知らず知らずのうちに心が不安定になっているケースもあります。

今回は、さまざまな変化の中でも「働き方の変化」に注目し、「就労におけるコミュニケーションの変化とメンタルヘルスの関係性」について、株式会社マイナビ メディカル事業本部で従業員の健康支援サービス「welltowa」の担当をしている筆者である大城戸が、産業医事務所セントラルメディカルサポート代表、株式会社リンケージCMO(最高医療責任者)、東京大学医学部附属病院 心療内科 非常勤講師の石澤哲郎先生に話を伺いました。

日本社会におけるメンタルヘルスの状況

大城戸:日本社会での、昨今のメンタルヘルス問題はどのような状況なのでしょうか?

石澤先生:近年、メンタルヘルスの問題に悩む人が増えているのは紛れもない事実です。たとえば、うつ病患者数は日本全体で100万人~150万人程度と推計されていますが、その背後には治療していない患者が数百万人いると考えられています。

さらに生涯有病率でいえば概ね人口の2割程度とされており、一生の間に5人に1人はうつ病になる可能性があります。また、表に示した通り、精神疾患に関する労災事案も急速に増加しています。

このようなメンタル不調者数の増加を理由に、2013年には国が重点的に取り組むべき疾病として、これまでの4大疾病(脳卒中・心臓病・がん・糖尿病)に精神疾患(メンタル不調)が追加され、5大疾病となりました。2015年にはストレスチェック制度も始まるなど、近年メンタルヘルス対策の必要性はますます高まっています。【図1】

【図1】精神疾患労災認定件数/厚労省のデータを参考に筆者が作成
【図1】精神疾患労災認定件数/厚労省のデータを参考に筆者が作成

仕事とメンタルヘルスの関係

コロナ禍を経て生まれたニュースタイルが与える影響

大城戸:メンタル不調は非常に身近な問題で、誰もがなり得る可能性がありますね。とはいえ、増加スピードがかなり加速しているように見えますが、どのような要因があるのでしょうか?

石澤先生:複数の原因が考えられるのですが、まずは「メンタル不調」についてメディアなどで取り上げられる機会が増えて社会的な認知が広がることにより、患者さんが病気であることを周囲に話しやすくなった、ということが考えられます。

また、未来に希望が持てない社会環境ではメンタル不調が増えやすいことが知られていますが、近年の社会課題である少子化や経済低迷などが与える漠然とした不安もメンタル不調者の増加に影響していると考えられます。他にもさまざまな環境要因が複雑に絡み合った結果と思われますが、直近で最後のひと押しをしているのは、やはり新型コロナウイルス感染症の影響です。

コロナ禍以降、テレワークの普及や飲み会の減少などで人と人とのつながりが減りました。これは人間関係ストレスの減少につながるポジティブな変化である一方、サポートにつながるコミュニケーションまで減ることで孤独や孤立が深まったり、職場内のメンタルヘルス対策であるラインケアがうまく機能しなくなったことなどが、近年のメンタル不調者数の増加の一因と考えられます。

テレワークによるメンタル不調に陥る人の傾向

大城戸:社会情勢の影響で将来への不安が漂う中、新型コロナウイルスの流行がその不安をさらに増幅させたように感じられます。

弊社はパーパスに「一人ひとりの可能性と向き合い、未来が見える世界をつくる。」を掲げていますが、未来への希望が見えるとメンタル不調の緩和要因の1つになる可能性があるのかもしれないですね。

コロナウイルスの影響が始まってから4年以上経過し、大学入学と同時にコロナ禍になった世代が2024年入社の新入社員です。デジタルネイティブであり、大学生活をコロナ禍で過ごし、リモートが当たり前の環境になっている世代も社会に出てきていますが、メンタル不調に陥る人の世代傾向などはありますか?

石澤先生:多くの企業で、新入社員や若手のメンタル不調に関する相談が増えています。もともと学生から社会人になるタイミングは環境変化によるストレスが強いため、新入社員はメンタル不調の発症リスクが高いことが知られています。

さらに近年の新入社員はコロナ禍前後に大学に入学した世代が中心ですが、その中には学生時代に規則正しい生活リズムを作れなかった人が少なくありません。毎日の出社が当然である社会人生活と、学生時代の生活リズムとのギャップが職場に適応する上でのハードルになり、メンタル不調の発症リスクに影響を与えている可能性があります。

一方で、コロナ禍以前から出社を当然のこととして働いていた世代では、テレワーク併用によりストレスが緩和されたという報告もあります。しかし、育児や介護の負担が大きい女性に限って見ると「在宅勤務でストレスがむしろ増加している」という研究結果も報告されており、従業員属性も踏まえて適切な働き方を考える必要があります。

大城戸:テレワークの実施はポジティブな面、ネガティブな面の両面を持ち合わせているようですが、つまりは生活リズムや働き方の変化など、この「変化」が不調のきっかけの1つになっているんですね。仕事面からのメンタル不調要因は人間関係や過多な業務量なども挙げられるかと思いますが、その他、メンタル不調の引き金になる要因はありますか?

石澤先生:業務関連のストレス決定因子としては「仕事への理解度」も重要です。「自分の仕事がどのような意味を持ち、会社にどう貢献をしているのか」といった点を理解できないと、「なぜこの仕事が必要なのか」「何の意味があるのだろうか」という疑問に陥り、前向きに仕事に取り組むことが難しくなります。

そんな時には、上司からアドバイスをもらったり、周りの人とコミュニケーションをとることを通じて仕事の意味を理解できるようになると、「自分の仕事は会社や仲間の役に立っている」と前向きな認知を持つことができるようになり、ストレス緩和につながることが期待できます。

メンタル不調が与える仕事への影響

大城戸:コロナウイルスが与えた新しい生活様式は仕事においても、良い面と悪い面をもたらしたと思いますが、不調要因は物理的な変化だけでなく、仕事の意味や目的などの認識の仕方にも関連していたんですね。もしメンタル不調に陥った場合、仕事にはどのような影響が考えられますか?

石澤先生:メンタル不調による就労への影響としては、単なる健康問題だけではなく生産性の低下が重要なファクターです。「アブセンティーイズム」「プレゼンティーイズム」という概念はご存知でしょうか。

アブセンティーイズムは休職や傷病欠勤により、生産性が0になった状態を指します。一方でプレゼンティーイズムは、仕事を続けているものの、なんとなくぼんやりしていたり、体調が思わしくなかったり、気持ちが持ち上がらなかったりなどの理由から生産性が低下している状態を指します。

アブセンティーイズムは実働が0であり生産性低下が明確ですが、グラフの通り、実は何らかの症状を抱えながら無理して仕事を続けているプレゼンティーイズムによる生産性低下の損失の方が、アブセンティーズムによる経済損失よりもはるかに大きいということを経産省のデータが示しています。

【図2】従業員の健康関連総コスト/経済産業省 企業の健康経営ガイドブック
【図2】従業員の健康関連総コスト/経済産業省 企業の健康経営ガイドブック

プレゼンティーイズムの問題を原因別に検討すると、一番多いのが「メンタルヘルス」の問題で、次にそれと関連する「睡眠」の問題も多いことがわかっています。

「従業員に健康になってもらうことで職場の生産性を高めていく」というのがいわゆる「健康経営」という考え方ですが、その観点から見ても「メンタルヘルス対策」というのは非常に大きな影響を占めることが理解できると思います。

【図3】プレゼンティーズムの損失要因と一人当たりの損失額/Nagata T,et al.J Occup Environ Med.2018を参考に作成

メンタルヘルスとセルフケア

大城戸:休職や退職など実働がない状態よりも、一見稼働しているように見える状態の裏側で、大きな損失が生じている可能性があるんですね。

メンタル状態を安定させることが何よりも重要な印象ですが、そもそも自分の状態が不安定になっているということに気付かない人々も少なくない気がしています。どのように自分の状態を把握するのが良いでしょうか?

石澤先生:難しい問題ですが、まずは自分の中の小さな変化に注意を払うようにしてください。ストレスをきっかけに体調が悪くなる際に生じる症状は、頭痛や腹痛、めまい、不眠、抑うつ気分、気分不安定、起床困難など人によってさまざまです。

それは個々人でストレス耐性が異なり、「その人の一番弱い部分」に症状が出るからです。そのため「どんな症状か(症状の種類)」ではなく、「どの程度生活に悪影響が出ているか」という点が危険信号を察知する際のポイントになります。

なかでも特に注意してもらいたい症状は「不眠」であり、たとえばうつ病患者さんの過半数は発症前に睡眠状態が悪化していることが知られています。健康な人の不眠症状は「寝付けない(入眠困難)」が多い一方、メンタル不調の不眠は「夜中に起きてしまう(中途覚醒)」「起床時に寝た気がしない(熟眠困難)」が多い点も特徴です。

また、自分の体調を把握するためには、家族や同僚など身近な人の声にも耳を傾けてください。周囲から体調を心配された際には、自分で気が付かなくても本当に調子を崩していることが少なくありません。特に気分の波が大きい人や、頑張り過ぎたあとに燃え尽きてしまうようなタイプの人は、自分自身の調子の変化を正確に自覚するのが難しいので、普段から親しい人に自分の体調を相談しておくことがお勧めです。

大城戸:心身の状態が良好な時の、自分の体調について認識しておくことはもちろんですが、自分の性格タイプなどを理解しておくことも大切なのですね。自分自身を知っておくということと併せて、不安定になっていると気付いた時に自分でケアができると不調の悪化を防ぐことができそうですが、セルフケアとしてはどのようなことが効果的でしょうか?

石澤先生:近年「アクティブレスト」という概念が注目されています。休日に十分な休養を取ることはもちろん大切ですが、ただ「何もせず休もう」と考えても、なかなか仕事のことから頭が離れないと思います。これに対し、身体を動かしたり趣味を楽しむことで、積極的に仕事から離れてリラックスした時間をつくる取り組みがアクティブレストです。

具体的なアクティブレストとしては、特に運動がお勧めです。心が緊張すると体も緊張しますが、反対に体がリラックスすると心もリラックスすることが知られています。そのため適度に体を動かしたり、スポーツをすることが効果的なセルフケアになります。

また、他にも「マインドフルネス」と呼ばれる治療法が注目されています。ストレスや不快な気分は「過去の失敗」や「未来への不安」への囚われが原因であることが少なくありません。そこから離れて「現在の自分」に集中することにより、不安や緊張を緩和させるセルフケア手法がマインドフルネスです。

組織としてできることとは

大城戸:セルフケアと聞くと何か大々的に取り組んでいる印象を受けそうですが、体を動かしたり、趣味の時間を持ったり、一見するとメンタル面と関連性がなさそうなことでも、ケアの1つになるんですね。

ここまで「働くこととメンタルヘルスの関係性」を軸にお話をお聞きしましたが、企業が組織としてできることはどのようなことが挙げられますか?

石澤先生:「会社として従業員のメンタルヘルス向上をサポートする意思がある」ことを社内外にしっかりと伝えることが何よりも大切です。メンタルヘルスの問題は個別性が高く、個々の従業員によってストレス状況も違うので、すべての従業員にとって望ましい対応を見つけることは容易ではありません。だからこそ、まずは従業員1人ひとりへ「会社はみなさまを理解したいと思っている、そして健康になるための支援したいと思っている」ということを伝えるところから始めてください。

これにより心理的安全性が高まり周囲に相談しやすくなったり、コミュニケーションが活発になるなどさまざまなプラスの変化が生じ、結果として企業全体の活性化や職場全体のストレス耐性の向上が見込まれます。

また、メンタルの調子を崩してしまった従業員が出た場合に備えて、早めに安心して相談できる環境づくりをしていくことも大切です。さらに、介護や育児など仕事以外のストレス原因がメンタルヘルスに影響している従業員も少なくないので、両立支援や女性活躍推進などの取り組みも重要です。

このように個々の従業員のニーズに合ったケアをしていくことが、結果として生産性の向上やエンゲージメント向上を通じて企業としての成長につながっていくはずです。

従業員の心身の健康を守るということ

ここまで石澤哲郎先生へのインタビューを通して状況を整理してきましたが、メンタルヘルスの問題は社会のさまざまな変化等により近年増加傾向にあり、なおかつ誰しもがなり得るものという実情が見えてきました。

中でも、環境の変化や対人関係が頻繁に発生する職場でのメンタルヘルス対策は、モチベーションや生産性に直結することもあり、必要不可欠といえるでしょう。

組織としてまずは、気軽に安心してコミュニケーションがとれるような環境を整え、従業員に対して受容の体制をつくり、それを理解してもらうことが重要です。そして、心理的安全性を確保し、従業員一人ひとりが気負わず話ができる場所を設けていくことがメンタルヘルス対策の第一歩となるのかもしれません。


<参考資料>
図1:厚労省のデータを参考に筆者が作成
図2:経済産業省 企業の健康経営ガイドブック
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkokeiei-guidebook2804.pdf
図3:Nagata T,et al.J Occup Environ Med.2018を参考に作成

石澤哲郎(いしざわ・てつろう)
産業医事務所セントラルメディカルサポート代表、ワーカーズクリニック銀座院長、東京大学医学部附属病院心療内科非常勤講師、株式会社リンケージ最高医療責任者

2001年、東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院心療内科医局長などを経て、2014年に産業医事務所セントラルメディカルサポートを開設。現在は約40社の嘱託産業医として従業員の心身の健康増進や健康経営推進に取り組んでいる。
また2019年にオンライン禁煙診療専門の医療機関であるワーカーズクリニック銀座を併設し、就労世代の禁煙治療も多数実施している。

著者紹介
大城戸 菜月(おおきど・なつき)
株式会社マイナビ メディカル事業本部 メディカルヘルスケア事業推進統括本部 事業開発部 マーケティング2課

2019年に株式会社マイナビに新卒で入社。アルバイト事業本部にて、営業担当として企業の正規・非正規雇用の採用支援を行う。ジェンダー平等やフェミニズムなどに関心があり、誰もが自信を持って生きられる社会の実現を志し、2023年4月よりメディカル事業本部へ異動。ヘルスケアの観点から従業員の定着支援や女性活躍・企業価値向上をサポートする「welltowa」を担当している。

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