働きながら家族の介護を担う従業員の現状と支援の必要性
日本社会において、働きながら家族の介護を担う従業員(ワーキングケアラーやビジネスケアラー等とも呼ばれる)の存在が注目され、支援の必要性が重要視されつつある。
家族の介護をしながら仕事を続ける人々が、日々の業務と介護の両立に精神的・肉体的な負担を抱えていることは想像に難くない。今回は、その現状とその支援の必要性について解説する。
目次
働きながら家族の介護を担う従業員の現状
経済産業省がまとめた「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」 によると、2020年時点で262万人であった働きながら家族の介護を担う従業員(ビジネスケアラー*)は2030年には318万人まで増加すると予想されている。さらに、介護者が家族介護にかける時間が男女ともに1日2時間余りとなり、現役世代が自由に使える時間を大きく減少させることになる。
このことは、生産年齢人口が減少し、人材不足が加速する社会において、深刻な影響をもたらすと考えられている。
*同ガイドラインのなかで、就業構造基本調査 における有業者のうち「仕事が主な者」をビジネスケアラーとして定義。
家族介護の担い手の変化
日本社会が超高齢化社会を迎えているという現状はあるが、家庭内での介護はこれまでもなされてきたはずだ。いま、働きながら家族の介護を担う従業員への支援に関心が高まっているのはなぜだろうか。その理由のひとつとしてあげられるのは女性の社会進出による共働き世帯の増加である。すでに共働き世帯は専業主婦世帯の2倍以上となっており【図1】、かつて介護の担い手を期待されていたいわゆる「嫁介護」は困難になっている。
共働き世帯が一般化するなかで、主な介護の担い手と要介護者本人との続柄が変化しており、「子の配偶者」が減少し、「子」の割合がその分増加している。【図2】
生産年齢人口減少への対策として、今後もさらに女性の就業が増加することが期待されているため、この傾向が強まると考えられる。また、ジェンダー平等の観点からもいわゆる「嫁介護」だけに期待すること自体が望ましいとは言いえないだろう。
さらに、マイナビが報告した「2040近未来への提言 つむぐ、キャリア(P.32) 」のなかでも指摘しているが、晩婚化により第一子の出産年齢が後ろ倒しになり、子どもの育児期間と親の介護期間が重なることで、さらに負担が大きくなる可能性が高まっている点にも注意が必要だろう。
また、非婚化や晩婚化などによる単身者の増加や、核家族化により配偶者との死別後に単身者世帯になる高齢者の増加など、全体的に単身者世帯も増加傾向にある。【図3】
親と子が離れて暮らしている場合、仕事をしながら介護を行うことがさらに困難になるだろう。これらの結果が示すように、世帯の在り方が変化していくなかで、かつて家庭内で行われていた介護が行えなくなっているといえる。
そのため、多くの人が働きながら介護を行う可能性が高まっており、すでに増加している働きながら家族の介護を担う従業員をどのように支援していくのかがより重要な課題とされてきているのだ。
介護休業の取得状況
仕事と介護の両立が難しいのであれば、「一定期間仕事を休んで介護をすればいいじゃないか」と思われる方もいるかもしれない。しかし、実際には介護休業を取らずに介護を行う人のほうが圧倒的に多い現状がある。
総務省が実施した調査によると、有業者のうち「仕事が主な者」で、介護を行う人のなかで、介護休業等制度を利用していない人は全体の87.3%だった。【図4】
また、同調査で年齢階層別にみると、介護をする人の人数は40代後半から大きく増加するが、介護休業等制度を利用する割合は大きくは変化しておらず、いずれも1割を超える程度である。【図5】
40代、50代といえば、多くの企業で中核を担う世代であるため、介護休業を取得せずに仕事と介護を両立しようと思うと、かなり負担が大きいだろう。また、20代、30代に比べると再就職が困難になる世代でもあり、介護離職することで経済的なリスクが高まる可能性も考えられる。
働きながら家族の介護を担う従業員の経済的な影響と企業の対応の難しさ
経済的な影響
経済産業省がまとめた報告書 によると、介護離職や介護発生に伴う物理的・、精神的負担等によって引き起こされる労働生産性の低下(経済的損失額)は、今のままでいくと、30年には合計で9兆1,792億円にものぼると推計されている。さらに、その損失の多くは「介護離職」ではなく「両立困難」によるものであると指摘している。【図6】
つまり、介護離職に至る前から経済損失のリスクがあるのだ。【図5】で述べたように、仕事と介護の両立が必要となるのが、40代、50代の働き盛り従業員が中心であることを考えても、働きながら家族の介護を担う従業員の問題は従業員個人としてだけでなく、企業にとっても大きな課題といえよう。
働きながら家族の介護を担う従業員の状況把握の難しさ
仕事と介護の両立に困難を抱える従業員を支援しないことは、企業にとってもリスクが大きいことは先ほど述べたとおりだが、その実態把握が難しく、支援がしづらいという事情もある。
たとえば、介護休業を取得するとなれば、従業員から企業側へなんらかの意思表示があるはずだが、【図4】で示したとおり、働きながら家族の介護を担う従業員の9割弱は介護休業を取得せずに介護を行っているため、検知するのが難しい。
経済産業省がまとめた報告書 によると、働きながら家族の介護を担う従業員について以下のような実情があることが指摘されている。
- 自身の介護状況開示への消極性
- 介護状況が個々人によって多様かつ可変であり、将来予測が困難
介護休業が規定されているのが「育児・介護休業法」であるように、育児と介護は「家庭のこと」として一括りにされやすいが、育児と異なり、介護はある日突然、しかも穏やかに「その日」がやってくることが多く、十分な準備がしづらい。
「親が転倒しけがをして、少し入院することになった」
ひとまず有給休暇を使ってお見舞いに行ったり、週末のたびに実家に帰ったりするようになる…このように本人がそれと気づかずに始まっていることが多いのだ。同報告書でも指摘されているが、介護の状況は緩やかな場合もあれば、急激に重度化する場合もあるなど、いつ介護の当事者になるのか、また、その負担がどの程度であるのかは個別の事情によって大きく異なる。
また、実際に介護が始まると、その状態がいつまで続くのが予測は困難である。そうなると、最初は「わざわざ相談するほどではない」と考えて相談をせず、介護が本格的になると、今度は自身のキャリアの影響を懸念して開示を行うタイミングを逃してしまうようだ。
育児・介護休業法の改正
介護離職者防止を目的として、育児・介護休業法が改正(2025年4月1日施行) された。具体的な内容は以下のとおりである。
介護離職防止のための仕事と介護の両立支援制度の強化等
① 労働者が家族の介護に直面した旨を申し出た時に、両立支援制度等について個別の周知・意向確認を行うことを事業主に義務付ける。
② 労働者等への両立支援制度等に関する早期の情報提供や、雇用環境の整備(労働者への研修等)を事業主に義務付ける。
③ 介護休暇について、勤続6月未満の労働者を労使協定に基づき除外する仕組みを廃止する。
④ 家族を介護する労働者に関し事業主が講ずる措置(努力義務)の内容に、テレワークを追加する。 等
改正の趣旨は「仕事と介護の両立支援制度を十分活用できないまま介護離職に至ることを防止するため、仕事と介護の両立支援制度の個別周知と意向確認により効果的な周知が図られるとともに、両立支援制度を利用しやすい雇用環境の整備を行うことが必要である。」と記載されている。
先ほど、従業員側から企業に対して言い出しづらく、そのために企業側の検知が遅れてしまう状況について述べたが、いくら企業側が両立支援の施策を準備しても、その情報が十分に周知できなければ、働きながら家族の介護を担う従業員の支援の実現は難しい。こうした状況を作らないことに重きを置かれた改正だといえる。
さいごに
本コラムでは主に親の介護を行う子を想定して説明してきたが、介護の対象は親に限らない。自身の子どもや兄弟姉妹、配偶者などその対象はさまざまである。
働きながら家族の介護を担う従業員の現状は、個人だけの問題ではなく、超高齢者社会を迎え、生産年齢人口の減少による人材不足に直面する日本社会においては、企業や社会全体にとっても大きな課題である。誰もがある日、突然当事者になる可能性があり、誰にとっても無視できない問題といえるだろう。
今回は働きながら家族の介護を担う従業員を取り巻く状況について概観を述べたが、次回以降、マイナビで企業に実施した調査や事例などを用いて、企業側の支援の実態にさらに迫っていきたい。
日本も賃金は上昇しているが、直近5年間の上昇率を他国と比較すると、上昇幅が小さいことがわかる。なお、アメリカの最低賃金は、連邦政府と各州政府によって定められており、連邦最低賃金は全国一律で、各州はそれを下回ることはできないが、上回ることは可能というルールのもと、各州の最低賃金は地域の経済状況や労働市場の状況により異なる。
【表1】を見ると2020年から2024年まで金額が一定になっているが、独立行政法人労働政策研究・研修機構の報告 によると、2024年1月には全米50州のうち、22州で最低賃金が引き上げられており、その金額もまた、最低賃金の7.25ドルを上回る金額で設定されている。
マイナビキャリアリサーチラボ 主任研究員 東郷こずえ