
労働・雇用に関わる法改正で私たちの働き方や暮らしはどう変わる?(第2回:2025年4月に施行される労働・雇用に関連する法令等の解説)

堀田陽平(TMI総合法律事務所 弁護士)
1990年生。2016年に弁護士登録し、都内法律事務所を経て、2024年10月、TMI総合法律事務所に入所。
2018年10月から2020年9月まで経済産業省経済産業省政策局産業人材政策室(当時。現在は「課」)に任期付き職員として着任。副業・兼業、テレワークの促進や、フリーランス活躍、人材版伊藤レポートの策定等の雇用・人材政策の立案に従事。
主な著書に、「Q&A 企業における多様な働き方と人事の法務)(新日本法規・単著)、「副業・兼業の実務上の論点と対応」(商事法務・共著)、「Q&A 実務家のためのフリーランス法のポイントと実務対応」(新日本法規・共著)等がある。
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2025年4月に施行される労働・雇用に関連する法令
前回に引き続き、今回も「労働・雇用に関わる法改正で私たちの働き方や暮らしはどう変わる?」と題して、労働・雇用に関する法令等の改正について解説する。
前回は、労働基準法改正の方向性について解説したが、今回は、2025年4月に施行される労働・雇用に関連する法令等の改正内容として、以下の法令等について解説する(③は、東京都の条例であるが、後述のとおり法律上の対応も想定されるため、本稿において取り扱う)。
- 育児介護休業法の改正
- 高齢者雇用安定法の経過措置の終了
- 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例
育児介護休業法の改正
働く子育て世代や、介護世代の働き方、ひいては生活設計に大きな影響を及ぼす育児介護休業法は、度々改正がなされているが、2025年4月施行の改正内容は比較的多い。
その概要は以下のとおりである。

本稿では、このうち働き手への影響が大きい内容について解説する。
⑴制度対象者の拡大
まず、上記改正事項一覧の①子の看護休暇、②所定労働時間の制限、⑨介護休暇については、適用対象の拡大(適用除外対象の縮小)や取得事由の拡大によって、これらの制度適用対象者と適用場面が拡大される。これによって、働き手にとって育児・介護と仕事の両立を図りやすくなるであろう。
特に、改正後の子の看護等休暇制度の取得事由に「入園(入学)式・卒園式」が含まれることとなったことは、これまでの「看護」のための休暇制度と比べると、質的な取得事由の拡大といえる(それゆえ「子の看護“等”休暇制度」となった)。
もっとも、改正後の子の看護等休暇制度によっても、授業参観や運動会の参加はこれに含まれておらず、すべての園・学校行事が対象となるわけではないことには注意が必要である。
⑵テレワークの活用
次に、今回の改正の特徴的な点として、上記改正事項一覧の③短時間勤務制度の代替措置、⑩育児介護のためのテレワーク等の導入(努力義務)が明記されており、育児・介護と仕事との両立のための手法として「テレワーク」が明確に位置づけられている点である(本稿では詳細な解説は行わないが、後述(3)で述べる2025年10月1日施行の「柔軟な働き方を実現するための措置等」の選択措置の中にもテレワークが掲げられている)。
従前から、テレワークは育児・介護と仕事との両立を図りやすくする仕組みとして推進されており、(厳密にはそれより前からもそうであったが)働き方改革実行計画以降においては、特に「柔軟な働き方の促進」に関する政策としてテレワークが推進されてきた。
テレワークは、コロナ禍において感染症の感染予防の目的で導入した企業が多いものの、元より育児、介護との両立を図るための働き方として推進されてきたのであり、今回の育児介護休業法改正によるテレワークの位置づけは、この点を色濃く示している改正といえるだろう。
⑶2025年10月1日施行の改正項目
本稿は2025年4月に施行される労働・雇用に関連する法令等を解説するものであるため詳細な解説は行わないが、育児介護休業法については、2025年10月に施行される改正事項もある。
これらの改正事項も働き手の働き方に重要な内容が含まれていることから、事前に確認しておくと良いだろう。
(参考URL)https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001259367.pdf
高齢者雇用安定法経過措置の終了
次に、高齢者雇用安定法の経過措置の終了について解説する。高齢者雇用安定法も、これまで複数の改正を経ており、直近の法改正は2020年10月に成立し、2021年4月から施行されている70歳までの就業機会確保に関する改正である。
(参考)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/tp120903-1_00001.html
もっとも、2025年4月以降に施行されるのは、上記の2020年の改正ではなく、より昔に成立した2012年8月に行われた高齢者雇用安定法の改正である。
すなわち、2012年改正前の高齢者雇用安定法では、継続雇用制度について、労使協定で定めた基準により希望者全員を対象としない制度が認められていたが、2012年改正により、高年齢者雇用確保措置として継続雇用制度を採用している企業においては、原則として65歳までの再雇用が義務付けられ、労使協定により定めた基準により再雇用の対象者を限定することは認められなくなった。
もっとも、同改正は企業に及ぼす影響が大きいことから、下図のように段階的な経過措置が設けられた。

(引用)厚生労働省作成の高齢者雇用確保措置の経過措置の終了に関するリーフレット より
(1)再雇用拒否が許容される場合
上記のとおり、2012年改正法では、原則として希望者全員を対象と継続雇用制度が求められているが、①合理的な労働条件を提示し、協議したものの労働者本人が継続雇用を希望しなかった場合(高齢者雇用安定法Q&A(高齢者雇用確保措置関係)Q1-9)はもちろん、②心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合には、継続雇用しないことができるとされている。
ただし、②の場合には、継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられるとされており(高齢者雇用安定法Q&A(高齢者雇用確保措置関係)Q1-1)、要は、解雇権濫用(労働契約法第16条)とならないことが前提とされている。
(2)働き手への影響
上記経過措置により、すでに64歳まで原則として希望者全員を対象とする継続雇用が義務付けられていたところであり、2012年法改正については概ね施行済みといえる状況であった。
したがって、2025年4月からはいよいよ完全に施行されることになるが、当該改正の施行によって直接の影響を受ける働き手はそう多くはないだろう。もっとも、少子高齢化が進む我が国において、高齢者雇用の問題は企業の人事管理上、ひいては経営上の大きな課題となっており、当該施行内容を含め、今後、高齢者雇用確保の政策は進んでいく可能性がある。
そうすると、いわば企業利益という限られたパイの中で、若年層と高齢層との間での賃金の取り合いが生じ、いわば世代間対立の問題になる。また、人手不足の中で若年層の賃金の上昇は進むものの、かえって中堅層の賃金が上昇しないという問題もある。
したがって、高齢者雇用の問題は、その他の幅広い世代の賃金にも影響を及ぼす可能性が高く、間接的に幅広い働き手に影響を及ぼす改正といえよう。
東京都カスタマー・ハラスメント防止条例
次に、国の法律ではなく東京都の条例であるが、2024年10月に成立した「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(以下「東京都カスハラ条例」という。)について解説する(後述のとおり「カスタマー・ハラスメント」(以下「カスハラ」という。)は、国でも対策が検討されており、今後、労働施策総合推進法によって一定の対応がなされる見込みである)。
(1)東京都カスハラ防止条例の概要
①東京都カスハラ防止条例の全体像
東京都カスハラ防止条例では、「カスタマー・ハラスメント」を「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するものをいう。」とし(第2条第3号)、「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない。」としている(第4条)。
また、同条例では、基本理念として、「カスタマー・ハラスメントは、顧客等による著しい迷惑行為が就業者の人格又は尊厳を侵害する等就業環境を害し、事業者の事業の継続に影響を及ぼすものであるとの認識の下、社会全体でその防止が図られなければならない。」と示している(第3条)。
そして、都、顧客等、就業者、事業者のそれぞれに対し、上記基本理念に照らして一定の責務を示している。まさに、「社会全体」で防止を図る仕組みである。
②事業者の責務
「事業者は、その事業に関して就業者がカスタマー・ハラスメントを受けた場合には、速やかに就業者の安全を確保するとともに、当該行為を行った顧客等に対し、その中止の申入れその他の必要かつ適切な措置を講ずるよう努めなければならない。」(第9条第2項)とされている。
したがって、企業としては、カスハラに対して対する一定の措置を講じることが求められる。
東京都カスハラ指針によれば、「就業者の安全を確保」の考え方として、「あらかじめ定めた方針に従い、現場監督等が対応を代わった上で、顧客等から就業者を引き離す、あるいは、弁護士や管轄の警察と具体的には、連携をとりながら対応するなど、就業者への被害がこれ以上継続しないようにすることが求められる。」等とされ、「中止の申入れその他の必要で適切な措置」として、「あらかじめ定めた対応方針に従い、現場監督者等からの退去要請や出入り禁止、商品やサービスの提供停止の通告等の対処を行うことが求められる。」等とされている。
これらの記載からも分かるとおり、事業主は、あらかじめカスハラに対する対応方針を定める必要があり、「事業者は、顧客等からのカスタマー・ハラスメントを防止するための措置として、指針に基づき、必要な体制の整備、カスタマー・ハラスメントを受けた就業者への配慮、カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成その他の措置を講ずるよう努めなければならない。」とされている(第14条第2項)。
③就業者の責務
上記のとおり、東京都カスハラ防止条例で特徴的であるのは、「社会全体」でカスハラの防止を図るものであることから、就業者に対しても一定の努力義務が課せられている点である。
具体的には、
- 基本理念にのっとり、顧客等の権利を尊重し、カスハラに係る問題に対する関心と理解を深めるとともに、カスハラの防止に資する行動をとること(第8条第1項)
- 事業者が実施するカスハラの防止に関する取組取組に協力すること(第8条第2項)
- 事業者が定めたカスハラ防止の手引(第14条第1項)を遵守すること(第14条第2項)
が努力義務として課されている。
(2)国の政策の動向
東京都カスハラ防止条例は、東京都の条例であるが、今後他の都道府県においても同様の条例が制定される可能性があり、東京都の動き広がっていく可能性が高い。
国の動きとしては、現行法制化においては、いわゆる「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(2020年厚生労働省告示第5号)(いわゆるパワハラ防止指針)において、カスハラに関しても、事業主は、相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や被害者への配慮の取り組みを行うことが望ましい旨が明記されており、現在、厚労省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表している。
上記のように、国においてもカスハラに対する一定の政策を講じているところであるが、2024年6月21日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2024」(いわゆる「骨太の方針」)では、「カスタマーハラスメントを含む職場におけるハラスメントについて、法的措置も視野に入れ、対策を強化する。」と明記されていたところ、厚労省において検討が進められていた。
そして、カスハラ防止措置義務等が盛り込まれた労働施策総合推進法案が、2025年3月11日に閣議決定され、令和7年の通常国会で成立が見込まれている。
(参考)
https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/001383834.pdf
(参考)
https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/001383830.pdf
(3)働き手への影響
東京都カスハラ防止条例は、強行規定ではなく努力義務規定であり、違反に対する罰則はない仕組みとなっている。
しかし、このことは、「カスハラには刑罰がない」ということではなく、カスハラの行為態様が暴行、脅迫等を伴うものである場合には、刑法に触れる行為に該当する可能性があり、違法性の程度はケースバイケースということになる。
働き手にとっては、これまで「相手が顧客等である」という関係性から、不当な要求等に対して拒絶し難い場面があり、これに対して使用者に相談し、対応を求めることを躊躇する場合もがあったであろうが、少なくとも2025年4月から、東京都の事業主に雇用される働き手については、使用者にカスハラに対する対応を求めやすくなり、就業環境の改善が期待されるだろう。
もっとも、就業者の責務として、自身にも責務が課されていることから、「守られる立場」としてだけではなく、守る立場として、関連する指針やパンフレット等には目を通しておくことが望ましいだろう。
(参考)https://www.nocushara.metro.tokyo.lg.jp/
最後に
前回コラムと今回のコラムに分けて、今後成立・施行が見込まれる雇用・労働関係法令について解説した。雇用・労働関係法令は、多くの働き手の働き方、ひいては生活に影響を及ぼすものであり、特に昨今は頻繁に法改正が行われていることから、働き手においても情報のキャッチアップをしておくと良いだろう。