「ロールモデル」という言葉から、どのような人物像を思い浮かべるだろうか。優れた業務遂行能力を持つ人や周囲から厚い信頼を寄せられている人、部下から慕われている人、あるいは人生を豊かに楽しんでいる人など、そのイメージは人によって多様である。
このように、ロールモデルの定義や捉え方は個人の価値観や経験に依存し、画一的なものではない。したがって、ロールモデルから受ける影響もまた一様ではない。本調査では、そうした多様な影響のうち、特に若年層のワーク・エンゲイジメント(仕事への熱意や没頭、活力)を高めるロールモデルの影響について検討する。
本調査の目的
ロールモデルがいることによって期待される効果
ロールモデルが職場にいることは、さまざまな調査でポジティブな影響を及ぼすと考えられている。厚生労働省の調査では、ロールモデルがいる社員は、いない社員と比べて「自己効力感」や「キャリア展望」、「ワーク・エンゲイジメント」のスコアが高い傾向がみられた。【図1】
【図1】ロールモデルがいることによって期待される効果/厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について- 」
またマイナビのロールモデルからの影響に関する調査でも、職場の「心理的安全性」や「上司や同僚からサポートされているという実感」などの項目において、ロールモデルがいる若年層の方がいない若年層と比べて高い傾向がみられた。【図2】
【図2】ロールモデル有無別 職場に対する価値観/ロールモデルからの影響に関する調査
本調査の目的
ロールモデルの存在が個人のキャリア形成に与える影響についてはこれまで多くの研究で肯定的な効果が示されてきた。しかし、ロールモデルから具体的にどのような影響を受けることで、その効果が強まるかなど、細分化した研究は少ない。
≪本調査の目的≫
ロールモデルから受ける影響の内容に着目し、ワーク・エンゲイジメント(活力・熱意・没頭)をより高める要素について明らかにする。
先行研究
調査するにあたり、先行研究について整理する。
ロールモデル
ロールモデルの概念
ロールモデルとは、「他の人の模範となる人」「目標とされる人」という意味を指す。
広辞苑,第七版,2018
しかし、近年は特定の役割での模範、手本という考え方に限定せず、広い意味でキャリアや生き方に影響する人物を指す意味でも用いられるようになっている。さらに溝口ら(2020)によると、ロールモデルからの影響には「ロールモデルのようにはなりたくない」という回避的な一面もあることも明らかとなっている。
そのため、本調査ではロールモデルを「働き方やキャリアについて考える上で、影響を受け、参考にした人物」と操作的に定義し、ロールモデルを大きく二つのタイプに分けた。一つは、「この人のようになりたい」と思える「憧れや理想とするロールモデル」、もう一つは、「この人のようにはなりたくない」と思える回避的な存在である「反面から学びを得たロールモデル」である。【図3】
【図3】ロールモデルの種類/ロールモデルからの影響に関する調査
ロールモデル尺度
溝口・溝上(2020)による「尊敬・理想像」「支援・援助」「視野の広がり」「行動の手本」「回避」の5因子からなるロールモデル尺度をロールモデルのタイプに応じて分けて使用する。
具体的には、「憧れや理想とするロールモデル」が職場に「いる」と回答した対象者には、その人物を思い浮かべながら、「尊敬・理想像」(8項目)、「視野の広がり」(7項目)、「支援・助言」(7項目)、「行動の手本」(3項目)の計4因子について、「1:とてもそう思う」〜「5:まったくそう思わない」の5件法で回答を求めた。
一方、「反面から学びを得たロールモデル」が「いる」と回答した対象者には、「回避」(5項目)について同様の形式で回答を求めた。【図4】
【図4】ロールモデル尺度/溝口ら(2020)「大学生のキャリア発達とロールモデルタイプの関係」をもとに作成
ワーク・エンゲイジメント
ワーク・エンゲイジメントとは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態を指す。
オランダのユトレヒト大学のSchaufeliらは、ワーク・エンゲイジメントを以下のように定義している。
「ワーク・エンゲイジメントは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力・熱意・没頭によって特徴づけられる。エンゲイジメントは、特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた一時的な状態ではなく、仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である」。
彼らはワーク・エンゲイジメントの三つの下位因子(活力、熱意、没頭)を測定する尺度を開発している。
本調査では、オランダのユトレヒト大学のSchaufeliらが開発し、島津らによって日本語訳されたユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント(UWES-J)の短縮版を用いて「活力」3項目、「熱意」3項目、「没頭」3項目の計9項目に関して、「1全くないー7いつも感じる」までの7段階評定で回答を求めた。【図5】
【図5】ワーク・エンゲイジメントの3要因/島津(2010)「職業性ストレスとワーク・エンゲイジメント」をもとに作成
仮説
木下ほか(2022)の研究によると「組織的支援」と「相違を受け入れる組織風土」がワーク・エンゲイジメントを直接的に高めることが明らかとなっている。そのため、本調査では組織という集団単位ではなく、ロールモデルという個人単位でも、ワーク・エンゲイジメントに影響を与えると考えた。
ロールモデルの5因子のうち、「支援・助言」は組織的支援に、「視野の広がり」は相違を受け入れる組織風土に機能的に対応すると考え、この2因子に注目し、仮説を立てた。
【仮説1】「支援・援助」の影響因子は、「ワーク・エンゲイジメント」に正の影響を与える。
【仮説2】「視野の広がり」の影響因子は、「ワーク・エンゲイジメント」に正の影響を与える。
調査詳細
「調査方法」「調査対象者」「調査の意義」についてまとめる。
調査方法
本調査では、勤務年数が1年以上の正社員として働く若年層(20~39歳)を対象に、インターネット調査を実施した。
調査対象者
調査対象者は、正社員数11名以上の企業に勤務する男女で、職場に「憧れや理想とするロールモデルがいる」と回答した419名と職場に「反面から学びを得たロールモデルがいる」と回答した567名を調査対象とした。
調査の意義
学術的意義
ロールモデルがいる人の方が、いない人と比較してワーク・エンゲイジメントが高いことは、すでに厚生労働省等の調査によって明らかにされている。一方で、ロールモデルからの影響の強さや種類によってその効果に違いがあるかどうかについては、これまで十分に検討されてこなかった。
本調査では、ロールモデルの影響因子別にワーク・エンゲイジメントとの関連を分析することで、ロールモデル形成の質的側面に着目した新たな知見の一端を示す可能性がある。
実務的意義
本調査の知見が明らかになれば、企業はワーク・エンゲイジメントの向上に資するロールモデル像をより具体的に把握することが可能となる。その結果、若年層にとって効果的なロールモデルとなる上司や先輩社員の育成に、より戦略的かつ実践的に取り組むための基盤を構築できる可能性がある。
分析結果
ロールモデルの有無に影響を与える要因を検討するにあたり、まず探索的因子分析を実施し、ロールモデルの影響に関する因子構造の妥当性を確認した。因子構造を明らかにした上で、抽出された因子を説明変数として重回帰分析を行い、各因子がワーク・エンゲイジメントに与える影響について検証した。
探索的因子分析
憧れや理想とするロールモデル
憧れや理想とするロールモデルに関する項目について探索的因子分析を実施した結果、因子構造は当初の仮説とは異なり、2因子構成がもっとも妥当であることが示された。【図6】
【図6】(憧れや理想とするロールモデル)因子分析/ロールモデルからの影響に関する調査
溝口・溝上(2020)はロールモデルの有無を聞き、「いる」と回答した人を対象にロールモデルによる影響を測定したが、本研究ではさらに「憧れや理想とするロールモデル」がいる人に限定して、ロールモデルからの影響のうち「この人のようになりたい」と思える「尊敬・理想像」「支援・助言」「視野の広がり」「行動の手本」という4つの因子で示される項目を利用して測定を行った。
その結果、本調査では、分析の結果、尊敬・理想像のうち「●●の物事への取り組み方や態度には感心する」「●●は自分を成長させてくれる」といった尊敬に関する項目に加え、「視野の広がり」「支援・助言」が同一因子に集約された。
一方で、「●●のように生きたい」「●●の生き方に憧れる」といった理想像に関する項目および「行動の手本」が、もう一つの因子として抽出された。この結果は、ロールモデルの認知構造が、外面的な支援・成長意識と内面的な模倣意識の2因子で構成されている可能性を示唆している。【図7】
【図7】因子分析の結果/ロールモデルからの影響に関する調査
反面から学びを得たロールモデル
反面から学びを得たロールモデルに関する項目について探索的因子分析を実施した結果、因子構造は単一因子で構成されることが妥当であると示された。【図8】
【図8】(反面から学びを得たロールモデル)因子分析/ロールモデルからの影響に関する調査
この因子には、「●●を見て、そのように振舞いたくないと思う」「●●のようになりたくない」といった回避的認知に関する項目が高い因子負荷を示しており、反面から学びを得たロールモデルからの影響には一貫した心理的構造を持つことが示唆された。
重回帰分析
憧れや理想とするロールモデル
「支援・成長促進」「模倣」の2因子を説明変数、ワーク・エンゲイジメントを独立変数として重回帰分析を実施した。その結果、「模倣」因子がワーク・エンゲイジメントに正の影響を与えることが明らかとなった。【図9】
【図9】<憧れや理想とするロールモデル>重回帰分析の結果/ロールモデルからの影響に関する調査
反面から学びを得たロールモデル
「回避」を説明変数、ワーク・エンゲイジメントを独立変数として重回帰分析を実施した。その結果、「回避」因子がワーク・エンゲイジメントに負の影響を与えることが明らかとなった。【図10】
【図10】<反面から学びを得たロールモデル>重回帰分析の結果/ロールモデルからの影響に関する調査
仮説の結果
下記仮説は、支持されなかった。
【仮説1】「支援・援助」の影響因子は、「ワーク・エンゲイジメント」に正の影響を与える。
【仮説2】「視野の広がり」の影響因子は、「ワーク・エンゲイジメント」に正の影響を与える。
考察
模倣的意識がワーク・エンゲイジメントを高める理由
憧れや理想とするロールモデルに対して模倣意識が高まると、ワーク・エンゲイジメントが高まる理由としては、自己決定的な行動による成功体験と内発的動機付けの二つが考えられる。
模倣意識が高まると、個人はロールモデルの言動を注意深く観察し、それを自身の行動選択の参考にするようになる。この模倣は、単なる受動的な真似ではなく、自らの意思で選び取る自己決定的な行動として機能する。さらにロールモデルの行動はすでに成果を上げた実践例であることが多く、模倣することによる業務の成功率は高いことが推測される。
それらが成功体験として蓄積されると、自己効力感を高め、ワーク・エンゲイジメントの向上につながることが考えられる。また、「この人のようになりたい」という意識は、仕事に対する内発的動機づけとして機能する。理想像があることで、将来的な目標が明確となり、日々の業務に対するモチベーションが高まり、結果としてワーク・エンゲイジメントが向上すると考えられる。
回避的意識がワーク・エンゲイジメントを低下させる理由
反面から学びを得たロールモデルの影響で回避意識が高まると、否定的な学習が中心となり、職場への不信感が強まる。職場に対する否定的意識は、仕事に対して前向きな関与が難しくなり、ワーク・エンゲイジメントが低下すると考えられる。
ロールモデルの影響を活かしたワーク・エンゲイジメント向上施策について
模倣的な影響を与える難しさについて
本調査の結果、若年層のワーク・エンゲイジメントを高めるためには、職場の憧れや理想とするロールモデルからの「模倣」的影響を受けることが重要であることが示唆された。
しかし、企業が若年層のワーク・エンゲイジメント向上を目指す際、「この人のようになりたい」と若年層が感じるようなロールモデルは、個人の価値観に強く依存するため、人事配置によって意図的に形成することは困難である可能性があり、模倣的意識を抱くロールモデルの形成には、課題が残る。
そのため課題解決のヒントとなるように、模倣的意識が高い群と低い群を平均値で2分類に分け、比較することで高い群の特徴を探った。【図11】
【図11】模倣的因子の項目とグループ分け/ロールモデルからの影響に関する調査
職場にいる「憧れや理想とするロールモデル」の特徴
職場にいる「憧れや理想とするロールモデル」にあてはまる特徴・価値観について尋ねたところ、高群・低群ともに「仕事を楽しんでいる」「仕事に前向きに取り組んでいる」が高く、共通してポジティブな仕事観を持つロールモデルが選ばれている傾向があった。
一方で高群は、低群と比べて「仕事で大きな成果を上げている」「仕事で沢山稼いでいる」などが高く、「自分らしく自由に生きている」が低かった。これらの結果から、模倣的意識の高い層は、前向きな姿勢に加えて、成果や実績を体現するロールモデルに魅力を感じていることが示唆される。【図12】
【図12】職場にいる「憧れや理想とするロールモデル」の特徴/ロールモデルからの影響に関する調査
「憧れや理想とするロールモデル」との類似性・心理的距離
憧れや理想とするロールモデルとの類似性について、高群と低群で比較した結果、低群では「ロールモデルと自分は似ていない計」と回答した割合が56.1%と半数を超えており、高群(37.2%)よりも、ロールモデルに対して自分との共通点を感じていない傾向がみられた。
また憧れや理想とするロールモデルとの心理的距離に関しても、高群と低群で差がみられた。低群では「ロールモデルは心理的に近い存在計」と回答した割合が44.3%であり、高群(66.7%)よりも、心理的な距離を遠く感じている傾向が示された。【図13】
【図13】「憧れや理想とするロールモデル」との類似性・心理的距離/ロールモデルからの影響に関する調査
「憧れや理想とするロールモデル」との年齢差
憧れや理想とするロールモデルとの年齢差は、高群・低群ともに「11歳以上」が3割を超えた。一方で、低群と比べると、高群の方が「1~5歳差(+4.1pt)」「同い年(+1.6)」「6~10歳差(+1.5pt)」の割合が高く、年代が比較的近いロールモデルを持つ傾向がみられた。
年齢の差は、心理的距離や類似性の認識に影響を与える要因となり得る。企業がロールモデルを提示する際には、年代の近さを意識することで、模倣的意識の醸成に寄与すると考えられる。【図14】
【図14】「憧れや理想とするロールモデル」との年齢差/ロールモデルからの影響に関する調査
模倣的意識が高い群と低い群の比較より考察
以上の結果から、下記の傾向が明らかとなった。
(1)模倣的意識が高い群は、低い群と比較してロールモデルとの心理的距離が近い
(2)模倣的意識が高い群は、低い群と比較してロールモデルと自身には何かしらの類似性を感じている
(3)模倣的意識が高い群は、低い群と比較してロールモデルとの年齢が近い
(4)模倣的意識が高い群は、低い群と比較して成果や実績を体現している人を職場でロールモデルとして意識している
これらの結果を踏まえ、若年層の模倣意識を高めるには、ロールモデルとの心理的距離や年齢的な近さ等も踏まえた類似性の認識が重要となる可能性や、憧れや理想のロールモデルとして、成果や実績を体現する存在を魅力的に感じる傾向があることが示唆された。
ワーク・エンゲイジメント向上に向けた具体的施策
企業が若年層のワーク・エンゲイジメントを高めるために取り得る施策について、整理した。
■ポジティブな仕事観と成果の体現
ポジティブな仕事観を持ち、成果を出している社員を「組織的ロールモデル」として位置づけ、可視化・共有する。
例:ハイパフォーマーとの交流会、サーベイ実施、社内報や社内で発信など。
■類似性のある人材を集めた場の有効性
年齢やキャリアステージが近い社員同士の交流機会をつくる。
例:性別や属性、エリアなど属性別の交流会、若手限定の勉強会、テーマ別座談会など。
■インフォーマルコミュニケーション(業務に直接関係しない、自由な会話や雑談など)の活用
インフォーマルなコミュニケーションを積極的に行い、心理的距離を近づける。
例:社内イベントの実施、共有スペースの設置、メンター制度など。
本調査の限界点と今後の課題
本調査では、憧れや理想とするロールモデル、反面から学びを得たロールモデルのそれぞれのどういった影響が、若年層のワーク・エンゲイジメントを高めるのかに着目し、憧れや理想とするロールモデルからのフォローや助言などの支援や成長実感の機会と「あの人のようになりたい、真似したい」などの模範的な意識が合わさることでワーク・エンゲイジメントを高めることを明らかとした。
しかし、いくつかの限界が存在する。第一に、ロールモデルを「社内の人物」に限定したことで、社外の影響力ある人物や過去の経験から得たロールモデルの影響を捉えきれていない可能性がある。第二に、ロールモデルを「一人」に限定して回答を求めたため、複数のロールモデルから受ける複合的な影響を分析できなかった。第三に、反面から学びを得たロールモデルに関する設問数が少なく、その多様な側面を十分に捉えることができなかった可能性がある。
また、分析結果において決定係数が低かったことから、説明変数によって目的変数(ワーク・エンゲイジメント)の変動を十分に説明できていない可能性がある。これは、モデルに含まれていない他の要因が影響していることを示唆しており、今後はより多面的な要因の検討が求められる。
今後の調査では、ロールモデルの範囲や数、設問の精緻化に加え、ワーク・エンゲイジメントに影響を与える他の要因も含めた包括的な分析が必要である。
キャリアリサーチLab研究員 嘉嶋 麻友美
<参考文献>
厚生労働省 令和5年若年者雇用実態調査の概況
厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について- 」
溝口侑 & 溝上慎一(2020)「大学生のキャリア発達とロールモデルタイプの関係―ロールモデル尺度(RMS)の開発の試みー」,青年心理学研究,32,17-36
島津明人(2010)「職業性ストレスとワーク・エンゲイジメント」,ストレス科学研究,2010, 25, 1-6
木下 みらい 羽生 琢哉 佐藤 優介 白坂 成功(2022) 従業員のワークエンゲージメントにおける組織要因の影響-深層的ダイバーシティを受け入れる風土とリーダーシップに着目して-,人材育成学会第20回年次大会 2022年12月11日
Schaufeli WB, Salanova M, González-Romá V, et al. The measurement of engagement and burnout: A two sample confirmatory factor analytic approach. J Happiness Stud. 2002; 3(1): 71–92. doi: 10.1023/A:1015630930326