看護師は給与をどう受け止めている?
医療機関に支払われる診療報酬改定が行われ、2026年6月1日から適用が始まった。医療機関を利用する生活者の立場では、初診料や再診料が引き上がることで窓口負担が大きくなり生活への影響が懸念されている。一方、医療現場の目線では、外来・入院の料金の引き上げが行われることによる医療機関の収入増加が期待される。
そもそも今回の診療報酬改定は物価高騰が大きく影響している。厚生労働省は医療分野の現状について「事業収益の悪化を背景に、全産業の賃上げ水準から乖離し、人材確保も難しい状況にある(※)」と指摘した上で、医療従事者の賃上げ・人材確保への対応を改定の大きな目的に掲げる。
医療従事者は人々の暮らしと社会インフラを支えるエッセンシャルワーカーとして欠かせない役割を果たすが、彼ら彼女らの生活を下支えする「賃金・給与」にはまだまだ課題があると言えるだろう。
では、エッセンシャルワーカーの中でも診療報酬改定と密接に関係する医療現場の看護師は、自身の給与の現状をどのように受け止めているのだろうか。「マイナビ メディカルサポネット看護師白書2026年版」の結果から看護師のホンネを探り、医療分野における今後の賃金の在り方について考える。
※令和8年度診療報酬改定の基本方針
診療報酬改定の目的
診療報酬改定は原則2年に1回行われる。令和8年度診療報酬改定の目的の一つとして厚生労働省は「物価や賃金、人手不足等の医療機関等を取りまく環境の変化への対応」を挙げている。
具体的には、初診料・再診料・入院基本料などの基本料が引き上げられることに加え、光熱費や医療材料費の高騰を補填する目的で初・再診料などに上乗せできる「物価対応料」を新設。さらに、賃上げを条件に初・再診料に加算できる「ベースアップ評価料」の仕組みを拡大するなど、医療従事者の処遇改善に向けた試みがなされる。
看護師の給与実態
診療報酬改定の目的からも医療現場の賃上げの必要性が強調されているが、看護師の給与はどのような現状にあるのか。
日本看護協会の病院看護実態調査によると、最新の2025年結果では、看護職員の給与(平均・税込)は、「高卒+3年課程」の新卒初任給が28万5,078円(前年比8,951円増)、「大卒」の新卒初任給が29万2,527円(前年比8,464円増)、勤続10年(31~32歳)の非管理職は34万278円(前年比5,953円増)。いずれもここ5年間で上昇しており、年単位の上昇率は0.7%~3.6%で推移している。【図1】
【図1】看護職員の初任給・給与推移/日本看護協会の病院看護実態調査より
※通勤手当、住宅手当、家族手当、夜勤手当、当直手当、看護職員処遇改善に係る手当等を含む(時間外勤務の手当は除く)
給与に対する認識
看護師全体では給与が年々向上している様子だが、現場で働く看護師は実際のところ今の給与水準をどのように考えているのか。看護師人材紹介サービス『マイナビ看護師』に登録する看護師を対象にした「マイナビ メディカルサポネット看護師白書2026年版」の結果から読み解く。
「仕事・職場への評価」の設問では、仕事環境における9つの項目をピックアップして看護師の主観的評価を測った。結果は「職場の人間関係がよい」「休日や勤務時間などの労働条件に満足している」などのスコアが高かった一方、「給与に満足している」はもっともスコアが低かった。職場における様々さまざまな要素の中で特に給与への不満が大きいことが示唆される。【図2】
【図2】仕事・職場の評価/マイナビ メディカルサポネット看護師白書2026年版
※そう思う=5、まあそう思う=4、どちらともいえない=3、あまりそう思わない=2、そう思わない=1として各項目の平均算出
また、給与への評価に関する調査結果からも給与に対する不満がうかがえた。「現在の給与は、施設に対する自分の仕事の貢献に見合っているか」の設問では、そう思わない計(あまりそう思わない+そう思わない)が66.8%となった。特に20代では、そう思わない計70.0%となり、年代が低いほどスコアが高い傾向がみられた。【図3】
【図3】現在の給与の評価/マイナビ メディカルサポネット看護師白書2026年版
この結果からは業務負荷と報酬の不均衡がうかがえる。たとえば、周囲の人よりも引き受ける業務量が多いにも関わらず目に見える報酬として相応の評価を得られなかったり、業務量や業務負荷に関係なく年功的な賃金テーブルによって一律的な評価をされたりする場合、自分の頑張りに無力さを感じる人もいるだろう。
こうした可能性を踏まえ、医療機関が看護師の給与不満の改善を検討する際には、給与そのものへの対応だけでなく、人事評価の在り方とセットで考えることが重要であると考える。
業界水準としての給与の認識
これまでの結果は「組織」における給与に対する看護師の評価であるが、「業界」単位での給与水準に対しても厳しい見方が浮かび上がった。「現在の看護業界の給与水準は他業種と比べて十分であるか」では、そう思わない計(あまりそう思わない+そう思わない)が77.8%となった。【図4】
【図4】業界の給与水準の評価/マイナビ メディカルサポネット看護師白書2026年版
さらに、「看護師の給与水準は、どの程度であるべきだと思うか」では、「今より30%以上多い」が45.0%で顕著に高く、「今より20%多い」が33.9%、「今より10%多い」が9.7%と続いた。約9割が10%以上の賃上げを望んでいることになる。【図5】
【図5】看護職の給与水準の妥当額/マイナビ メディカルサポネット看護師白書2026年版
結果から考えられることは、賃上げの現状と看護師が求める給与の理想の間には大きなギャップがある可能性だろう。実態として看護師の給与は年々上昇している傾向があるものの、その増加幅や増加のペースは看護師にとって“物足りない”ものであり、日々の業務負荷や仕事で求められる役割の大きさを考えれば、現在の看護師の業界水準は納得できるものではないというのが看護師のホンネではないかと推察する。
また「今後の看護業界全体の給与水準向上に対する期待感」の結果では、期待できる計(向上が期待できる+やや向上が期待できる)は13.3%にとどまり、期待できない計(あまり向上が期待できない+向上が期待できない)が86.7%にのぼった。【図6】
【図6】今後の看護職の給与水準向上の期待感/マイナビ メディカルサポネット看護師白書2026年版
働く人にとっての仕事の目的は何も給与だけではないが、日々の暮らしやキャリアの設計をする上で欠かせない要素である。経済の変化が激しく将来の見通しが難しい今の時代を考えれば、大多数の看護師が業界の賃金水準向上に期待を持てていない現状は、今後議論を進めていくべき課題と言えよう。
ゆとりに対する認識
賃金の納得感を考える上では、看護師がどのくらい精神的・身体的に余裕を持っているかの「ゆとり」の現状にも目を向ける必要があると思う。
調査の「今のゆとりの状況」の結果をみると、「経済的なゆとりがない」67.0%(あまりゆとりがない+ゆとりがない)、「時間的なゆとりがない」52.0%、「精神・心理面のゆとりがない」57.6%、「体力・健康面のゆとりがない」53.6%となり、いずれもゆとりがない層が多数派となった。仕事や私生活に余裕を持って取り組むことができていない傾向もうかがえる。【図7】
【図7】今の「ゆとり」の状況/マイナビ メディカルサポネット看護師白書2026年版
看護師は一般的に夜勤や交代制勤務を伴うことが多く、日々の業務に高い責任と専門性が求められるため、身体的・精神的負担が少なくない職種と言えよう。このような仕事の性質を踏まえると、看護師として働く人が仕事や生活にゆとりが持てないほどの業務負荷を感じているにも関わらず、その労力に見合うと納得できる給与を得られていてない場合、仕事のモチベーションに影響する可能性もある。
そう考えれば、単に賃金を上げるということではなく、現在の賃金水準が日ごろの業務量や労働時間、そして従業員自身が感じる負担の大きさに釣り合っているかを合わせて考えることが医療機関側に求められるだろう。
診療報酬改定後の期待
給与の視点からデータを紐解くと、看護師の給与をめぐる理想と現実のギャップの課題が見えてきた。賃金は年々上がっている実態がある一方で、その水準は必ずしも看護師の満足感や納得感を満たすことができておらず、今後の賃金向上にも期待が持てない看護師のモヤモヤさえうかがえる。
このような現状を踏まえても、医療従事者の人材課題解消を目的の一つとする今回の診療報酬改定は意義深いものであり、医療現場のひっ迫や高齢化の進行への対処として必要な措置と捉えられるだろう。
国が診療報酬を定めるという構造上、看護師の給与は法規定の影響を受けやすい側面があると思う。だが、その枠組みの中で、看護師を雇用する医療機関がどのように資源を配分するかも、診療報酬改定の目的を果たす上で重要な観点ではないだろうか。
診療報酬改定の背景に医療機関の事業収益の悪化があることを考えれば、雇用する看護師の賃金を上げることは容易でないことは想像しやすい。しかし、診療報酬改定による収入増加を効果的に従業員のベースアップに繋げていくことは必要不可欠であり、加えて、仕事の貢献に見合った評価を行う仕組みや、同じ給与でも業務負荷や労働時間を低減させる工夫を同時に行うことが有効ではないかと考える。
それによって給与の納得感が高まることに繋がれば、給与に対する理想と現実のギャップは少しでも縮まり、看護師のキャリアのモヤモヤを晴らすきっかけにもなるかもしれない。そのためには、医療機関が制度改定を主導する国と共通意識を持ちながら、真摯に看護師の賃金の課題に向き合うことによって診療報酬改定による賃上げの効果が最大化する工夫が欠かせない。
診療報酬改定の先にある成果として、看護師の生活基盤と働く意欲が支えられる世界線を期待したい。
キャリアリサーチLab研究員 宮本 祥太
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