さまざまな価値観が交差する職場で、公平な人事評価を実現するために求められること

東郷 こずえ
著者
キャリアリサーチLab主任研究員
KOZUE TOGO

ダイバーシティが推進されるなか、多様な背景や価値観をもつ人々が同じ職場で働くことが当たり前になっている昨今、評価の公平性は制度改定だけでは担保できない。さまざまな価値観・働き方・キャリア段階が交差する職場では、評価基準の透明性、日常の対話、評価者のスキルが納得感を決めると考えられる。

本稿はこうした問題意識から始めた連載企画「令和に求められる人事評価制度を考える」の第4回となる。連載第2・3回の有識者インタビューと寄稿でいただいた知見を軸に、公的データと心理学的示唆を重ね、令和の人事評価に求められることを整理したい。

価値観が交差する令和の職場-評価を難しくする背景

令和の職場では、ダイバーシティ推進の 広がりによって、さまざまな価値観や前提をもつ人々が同じ組織で働くことが当たり前になっている。年齢や性別だけでなく、雇用形態、働き方、キャリアの志向性、生活上の制約などが多様化し、「同じ職場では全員が同じように仕事をしている」という前提自体が成り立ちにくくなっている。

こうした環境では、「何をもって成果や貢献とみなすのか」「どのような評価が公平だと受け止められるのか」が、人によって異なりやすい。評価の難しさは、制度の設計以前に、価値観の前提がそろっていないことから生じているともいえるだろう。

世代間のギャップ

たとえば、「多世代」がともに働くという点に注目してみる。日本では「65歳までの雇用機会の確保(義務)」「70歳までの就業機会の確保(努力義務)」が法律でも定められている。特に今後は、Z世代・ミドル世代・シニア世代が同時に働く多層構成がより一般化すると考えられる。生まれ育った時代背景の違いから、仕事観や生活観が異なることによって評価への期待にも影響を及ぼしている可能性が高い。

若年層では、生活との調和や将来への不安を背景に、「安定」や「自分らしさ」を重視する傾向が強いといわれている。一方で、40代以降では職務上の責任が増すなかで、組織への関与や役割意識を重んじる姿勢が相対的に強くみられる。

このように世代によって社会で「当たり前」とされてきた価値観や、経験してきた社会的・経済的な出来事があるため、世代ごとに一定の共通した傾向がみられることがある。こうした違いはあくまで傾向であり、世代内の個人差が大きい点には注意が必要であるが、職場において、この「世代間のギャップ」がときおり課題になるのもまた事実だ。

働き方の多様化

もう一つ、評価を難しくしている要因として見逃せないのが、働き方の多様化である。働く場所や時間が柔軟になっただけでなく、副業・兼業なども広がるなかで、社員一人ひとりの働き方は大きく異なるようになっている。

働く時間帯や勤務場所が異なれば、評価者が部下の行動を直接目にする機会にも差が生じやすい。出社している社員は日常のやり取りやプロセスが見えやすい一方、リモートワーク中心の社員は成果物以外の貢献が把握されにくい、といった状況も起こりがちである。また、短時間勤務や柔軟な働き方を選択している社員の場合、成果の量やスピードだけで評価されているのではないかという不安を抱きやすい。

一方で評価者側も、「どこまでを同じ基準で比べるべきなのか」「プロセスと成果をどうバランスよく見るべきか」に迷いを感じやすく、判断が主観に寄りやすくなる。

このように、働き方が多様化するほど、行動や貢献の可視性に差が生まれ、評価者と被評価者のあいだで評価の前提や期待値がずれやすいという課題が生まれる。その結果「きちんと見てもらえていない」「評価が不公平だ」といった感覚につながりやすくなるのである。

だからこそ、令和の職場における人事評価では、特定の働き方や時間・場所を暗黙の前提とするのではなく、多様な働き方が存在することを織り込んだうえで、何をどのように評価するのか、評価プロセスをどう設計・運用するのかを、これまで以上に丁寧に考える必要がある。

価値観が交差する令和の職場で必要とされるのはより丁寧なマネジメント

組織行動論からみた人事評価制度の在り方

連載の第2回では、組織行動や産業組織心理学を専門とする立命館大学 総合心理学部 教授 髙橋潔氏にインタビューした。そのなかで、高橋先生は「人事評価は人材を見極める総合格闘技」と表現し、その本質を多面的に捉える必要性を指摘した。人事評価は、制度や評価項目だけで完結するものではなく、「いつ・誰が・何を・なぜ・どのように評価するのか」という設計と運用の全体像が問われる営みである。

とく特に重要なのは、人事評価が三つの目的を併せ持つという整理だ。賃金や昇進に反映するための「管理」、個人の成長を支える「育成」、そして組織が大切にしている価値観を伝える「メッセージ」。評価は単なる査定ではなく、組織の姿勢を映し出す仕組みでもある。

また、高橋先生は、日本の人事評価が職能給、成果主義、ジョブ型へと移り変わってきた歴史を踏まえつつ、どの制度であっても「人が人を評価する以上、認知バイアスは避けられない」という前提に立つべきだと強調する。だからこそ、評価者がバイアスを理解し、事実や根拠に基づいてフィードバックすることが、評価への納得感を支える出発点となる。

さらに将来の方向性として、個人としての成果のみを追うのではなく、組織や周囲への関わりも含めて捉える「貢献主義」が現実的な選択肢になり得ることが示された。この点は特にチームで仕事をする会社組織においてはかなり納得感の持てる考え方ではないかと強く共感した部分である。制度の完成度を高めること自体が目的になるのではなく、評価を通じて、「どう向き合い、何を伝えるか」が大切なのだろう。

なお、高橋先生の人事評価制度に関するインタビューについては、第2回でより詳しく解説しているため、背景や理論を深く知りたい方は、以下の記事を参照していただきたい。

人事コンサルタントからみた「評価が機能しない」本当の理由

第3回では人事コンサルタントの藤崎氏に寄稿していただいた。強調されているのは、人事評価のつまずきが「制度の不備」よりも、むしろ運用(評価者の行動)に集中しているという点である。

評価項目を細かくし、研修やシステムを整えたとしても、「納得できない」「正当に見られていない」という不満が消えない職場は少なくない。藤崎氏は、その背景にあるのは評価基準の技術的な問題というより、被評価者の「普段から見てもらえていない/理解されていない」という感覚だと整理する。

その象徴が、フィードバック面談の機能不全である。面談が短時間で終わる、形式的に進む、上司が一方的に話す――こうした状況では、評価は「成長のための対話」ではなく「結果通知」になってしまう。さらに、日々のコミュニケーションが薄いまま期末だけ評価が行われると、評価根拠が弱くなり、本人にとっては不公平に映りやすい。評価の納得感は、評価シートの出来・不出来よりも、観察・記録・対話の積み重ねで決まる、というのが寄稿のメッセージである。

ただし、評価者個人を責めても解決しない、と藤崎氏は続ける。現代の管理職の多くはプレイングマネージャーとして業務負荷を抱え、部下を丁寧に観察し、対話し、育成するための時間資源を確保しにくい現状がある。

つまり、組織が求める「丁寧な評価」と、現場の「時間がない」という矛盾は、制度の問題というより経営・人事が整えるべき構造的条件だという指摘である。精神論で「面談を増やせ」と言うのではなく、業務の棚卸しやDX、管理職の役割再定義などを通じて、評価者が部下に向き合う時間を“物理的に”つくる必要がある。

寄稿の示唆を実務に落とすなら、焦点は三つだ。第一に、面談は評価結果の説明に終わらせず、日々の事実確認と次の行動の合意をつくる場に戻すこと。第二に、評価の正当性を支えるために、日常の行動観察と記録を仕組みに組み込むこと。第三に、評価者育成はバイアス研修だけでは足りず、短時間でも機能する対話技法やフィードバックの型、行動観察のポイントなど、実践スキルに重点を置くことである。

第2回の高橋先生のインタビューとも通じる部分だが、評価は点をつける作業ではなく、対話を通じた育成支援であるということが第3回の結論だ。

なお、藤崎氏の寄稿文については、以下のリンクから参照していただきたい。

さいごに

企画を始めた当初は、働く人の価値観や働き方が多様化していくなかで、人事評価制度もアップデートが必要ではないか、という仮説を持っていた。しかし、その根本にある人事評価において必要とされることは、実は何も変わっていないのではないか、と考えるようになった。

確かに、働く人の価値観や働き方が多様化するということは、被評価者と評価者がそれぞれにもつ「前提」が異なるゆえに、納得感を得るのが難しくなっているといえる。また、そもそも、全員を「横並び」にして評価するのは難しくなっているのは確かだ。

そういう意味では、一人ひとりに向けた丁寧なマネジメントがより必要になると言える。この点については、本企画と並行して展開していた「シニア社員が活躍する組織 」でも同様の指摘がなされている。ただし、「丁寧なマネジメントが必要」ということ自体は、最近そうなったという話はなく、本来そうなすべきであったことがなされていなかったというほうが適切だと感じている。

つまり、昨今、注目されているダイバーシティ推進によって、管理職がもつ「マネジメント」という役割がいかに重要であるかがより浮き彫りになっているといえるだろう。

最近は「管理職の罰ゲーム化」という言葉が話題になるように、管理職の多くはプレイングマネージャーであることが指摘されている。この点については、管理職当事者を責めるのは酷な部分もあろう。藤崎氏が述べていたように、管理職がマネジメントに時間をとることができるような組織運営の実現に向け、さらに上級の管理職や経営陣もこの課題に向き合う必要があることも併せてお伝えし、本企画を締めくくりたい。

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