「教員の働き方改革」について考えてきたシリーズ企画の締めくくりとして、教育研究家・妹尾昌俊さんにインタビューを行った。
全国の教育現場で講演・研修・コンサルティングを行い、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員等の経験をもつ妹尾さんは、「教員の働き方改革」の現状や課題をどうとらえているのだろうか。
これまでの経緯の振り返りを皮切りに、教員が抱える業務の幅広さ、残業削減と働きがいの両立、教員不足に対する提言、そして今後について、深い知見にもとづく解説・意見を伺った。
妹尾 昌俊(せのお まさとし)
一般社団法人ライフ&ワーク代表理事、OCC教育テック大学院大学教授
全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。政府の委員(中教審、部活動ガイドライン検討会議など)や教育委員会のアドバイザーも多数経験。著書に『学校をアップデートする思考法』、『校長先生、教頭先生、そのお悩み解決できます!』、『先生を、死なせない。』、『学校をおもしろくする思考法』、『教師崩壊』、『変わる学校、変わらない学校』など。5人の子育て中。
「周回遅れ」から脱し、この10年で改革が進展
質問:教員の働き方改革の今日までの流れについて教えてください。
妹尾:社会全体で「働き方改革」という言葉がキーワードになり始めたのは、今から10年前の2016年です。教員や教育関係者、研究者の間ではそれ以前から「学校の先生は忙しくて大変」という認識は共有されていましたが、2016年以降、社会的な「働き方改革」への機運の高まりとともに、ようやく教員の働き方に広く注目が集まることになりました。
あわせて改革の契機になったのは、2016年に文部科学省が実施した「教員勤務実態調査」です。翌2017年に公表された調査結果では、過労死ラインとされる残業月80時間を超えている教員が非常に多いという実態が浮き彫りになりました。それによって国や自治体の危機感に火がつき、2017年以降、教員の長時間労働是正や業務負担削減に向けたさまざまな施策が検討・実施され始めたのです。
10年前の教育現場を振り返ると、公立・私立にかかわらず、民間企業では当時から当たり前に導入されていたタイムカードやICカードによる勤務時間管理がほとんど行われず、多くの学校では出勤簿にハンコを押すだけという昔ながらの杜撰な管理がまかり通っていました。部活動も、やりたい先生は休日をほとんどとらず、やりたい放題のような状態でした。こうした教育現場の旧態依然とした放任体制に対して、民間企業の方が中教審の会議の場で「学校は周回遅れ」と発言されたこともありました。
そうした当時の状況を考えると、この10年の間に教育現場における勤務時間管理は大幅に進展しています。タイムカードやICカードによる管理の徹底はもちろん、たとえば勤務時間外には留守番機能に切り替えて電話対応を行わないとか、感染症の流行期に負担が増える欠席の連絡・確認業務をアプリ上で完結できるようにするとか、あるいはICTプラットフォームの導入によって会議や情報共有をオンライン上で済ませるとか、そういった対応が職場の常識として浸透しつつあります。部活動はまだまださまざまな課題がありますが、休養日を設ける中学校等はすごく多くなりました。
日本の教員の業務範囲は諸外国と比べても格段に広い
質問:しかし、教員の業務領域は依然として広く、負担軽減は道半ばのように見えます。その状況をどう見ますか?
妹尾:名古屋大学の内田良教授が「学校依存社会」と言い表しているように、教員の働きがいや献身性に寄りかかるあまり、何でもかんでも学校・教員に頼るという風潮が広がったことも事実です。ここまでは家庭や地域で対応する、ここまでは学校が対応するという線引きが曖昧になってしまい、本来は家庭や地域が負うべきことについても、学校が介入している状況もあります。
たとえば生徒が公園でたむろしていて「うるさい」というクレームが近隣から届き、教員が学校から駆けつけて対応・指導にあたるというケース。学校管理外の放課後の出来事であれば、本来は学校側が対応する必要はありませんが、こうした事例が根強く見られます。
OECDが実施・公表した「国際教員指導環境調査」でも、日本の先生たちの働き方は外れ値とも言えるほど、特異です。たとえばアメリカでは、教員は授業に専念することが当たり前とされ、夏休みには教員も無給で全休する州もあるようです。フィンランドでも教員の仕事は授業とその準備に限られているため、教員と生徒が一緒に家路につくことが日常と聞きます。
日本の場合はどうかと言いますと、もちろん教員にとっては授業が本業ではあるものの、校務といわれる事務作業の負担も少なくありません。事務職員が事務を担う体制が整備されてきているとはいえ、業務量に対して事務職員の人数が少なく、教員が分担して対応しているものも多いです。また、日本では通常の教科だけでなく、学校行事や掃除、給食、部活動なども教育活動とみなされているため、諸外国と比べても日本の教員の業務範囲は格段に広く、著しくマルチタスクだといえます。
ただし、教員の業務を減らし、授業に専念できる環境をつくればいい、と簡単には言い切れません。教科指導以外の場も、子どもたちにとっては貴重な学びや居場所になっていることも多いですし、教員以外のスタッフや地域の担い手が少ない日本においては、学校・教員が手を引いた場合、だれが担うのかという問題が残ります。たとえば、給食、掃除などは教員免許を要しないので、私は教員以外のスタッフで分業したほうがよいと考えていますが、その予算と人手の確保が問題となります。
「教育のため」だけでは、業務過多から脱却できない
質問:教員の「やりたい気持ち」と業務削減のバランスについてはどう見ていますか。
妹尾:教員の仕事を3階層に分類して考えてみましょう。1つ目の階層は、授業や行事、掃除、部活動などの教育活動。2つ目は、事務作業をはじめ学校運営に関係する業務。そして3つ目は、先に述べたような学校と家庭・地域の役割分担が曖昧な業務です。
学校と教師の業務3分類/マイナビ作成
まず2階層目の事務的な仕事とは、たとえば教材費の集金・処理や備品の管理、施設管理などがあげられます。これらの業務に苦手意識や負担感を抱く教員は多く、業務削減に対して教員からの抵抗感はほとんど見られないでしょう。
そのため、スクール・サポート・スタッフ(教員業務支援員)とのワークシェアやICTによる効率化、業務フローの見直しなどの取り組みがこの10年で進み、現在も進行中です。ただし、紙ベースのものや非効率な手順が残っている例も散見されますので、改善の余地はまだまだありそうです。
3階層目の役割分担が曖昧な業務については、学校や教員によって考え方が分かれます。とりわけ意見が分かれるのは、生活指導についてです。たとえば服装や髪型などの身だしなみを整える習慣といった指導については、本人の選択という考え方や家庭がしつけとして行うべきという意見もあれば、地域等からのクレームの対象にもなりかねないので学校が指導すべきという意見もあります。
こうした議論は過去からあり、各学校の個別の判断に委ねられています。私は、学校が過保護にならず、もっと生徒ならびに家庭の判断に任せていってよいように思います。社会人になれば、自分で判断しなければならないことがほとんどです(安全上必要不可欠な場合等を除き)。
考え方が分かれがちなのは、1階層目の教育活動です。教員の思い入れが強い教育活動が多く、単純には効率化を進められない面もあるからです。典型的な例は、テストの採点業務。現在はAIやアプリケーションによって採点業務の自動化・効率化を行うことが可能ですが、教員の中には「生徒の学力や学習意欲を的確に掴むためには、教員自らが行うべき」といった考えも根強くあります。私は、採点という作業自体は機械任せでもよいが、採点結果を考察して授業や個別のフォローに活かすのは教員の仕事と考えます。
前述の掃除についてもそうです。業者へアウトソーシングすればいいという考えもあれば、生徒指導あるいは道徳教育の一環とする考え方もあるため、賛否両論あるのが現状です。私は、そこまで生徒の心の教育と言うなら、道徳の時間の中で、体験的にやるくらいでよいのでは、と思いますが。
1階層目と3階層目については、時短や効率化を追求するだけでは解決できず、複数の価値が衝突しかねませんから、教職員や関係者(児童生徒、保護者等)の間で粘り強く対話と議論を重ねながら、試行しつつ修正していくしかありません。その一方、「教育のため」を優先するだけでは、業務が一向に学校・教員から手離れせず、業務過多となり、教員の心身に影響を及ぼしかねません。子どものためになることからも、あるものは優先度が高いので一層力を入れ、別のものは学校・教員から離していくことが必要です。
私立の働き方改革における課題は、心理的安全性
質問:国や自治体による施策は、おもに公立の学校を対象に展開されていますが、私立の学校ではどのような働き方改革が行われているのでしょうか。
妹尾:私立の状況は外から見えにくいものの、今なお教員の長時間勤務が常態化している学校法人は少なくないようです。労働基準監督署による指導強化によって、ここ数年でようやく私立においても改善に向けた取り組みが進み始めたという状況です。
私立で働き方改革が進みにくい要因としては、公立と比べて私立の学校では人事異動が少なく、組織のパワーバランスが硬直化してしまう傾向があることが考えられます。校内に影響力を持つ教員の声ばかりが大きいため、他の教員は遠慮して変えるべきことがあっても声をあげず、改善が滞ってしまうと聞いています。
また、組織が閉鎖的になると、残業体質から抜け出しにくい傾向があります。立教大学の中原淳教授が”残業は「集中」して、「感染」して、「麻痺」させて、「遺伝」する”と指摘しているように、職員室で1人、2人と残業を行っていると、やがて周りも帰りにくい空気に押され、残業過多に陥ってしまうという職場もあります。
ただ、公立・私立にかかわらず、働き方改革を阻害している要因として、教員不足によって一人ひとりの業務負担が増えてしまっている現状があります。これは非常に根深い問題です。
教員不足対策として有効なのは、「不安低減」
質問:教員不足に対しては、どういった取り組みが考えられますか。
妹尾:全国の公立学校教頭会の調査によると、「欠員」が発生している小中学校が2年連続で約2割に達しています。欠員とは、たとえば教員30人が配置される予定で予算を組んでいた学校で、退職や産・育休取得のあとの補充が来ないなど、何らかの理由によって30人に満たない人員で運営している状況をいいます。教員不足が常態化していることがデータにも表れているのです。
中学・高校では教員の担当教科が細分化されているので、小学校に比べてまだ人員が厚く、担任と副担任を置くこともできる学校も多いですが、1人の教員が全科目を受け持つこともある小学校では、人員が限られる場合が多く、校長、教頭、教務主任といった一部を除いてほぼ全員が学級担任を務め、サポート役の副担任を置くことが難しい状況です。
そのため、中学・高校では入職1年目の教員はまず副担任として慣れていくことからスタートできる場合もありますが、多くの小学校では1年目からいきなり担任を任せざるを得ず、次代を担うみなさんに早々に負担がかかり、「1年目から担任が務まるだろうか」という不安も助長されてしまいます。
こうした状況をふまえると、私は教員のなり手を増やすのは「魅力発信」ではなく、「不安低減」だと考えます。ここ数年、各地の教育委員会は動画などで教員のやりがいなどの発信に熱心です。ですが、教員をめざす学生たちは、すでに「学校の先生になりたい」という気持ちはあり、多かれ少なかれ教員の魅力や意義を知っているだろうと考えられます。
その一方で、大学生を対象とした調査によると、教員になろうと考えているものの、「担任としてやっていけるだろうか」「自分の授業は子どもたちに通用するだろうか」「保護者にきつく言われるとタジタジになりそう」など、多くの不安を抱えてしまい、教員になることを躊躇している学生が多くいることがわかります。不安が教員になる気持ちにブレーキをかけていることが考えられるため、なるべく不安を軽くしてあげることが、教員への一歩を踏み出す後押しになると思います。
不安低減に向けて有効になるのは、「チームワーキングの拡充」だと考えます。たとえば、保護者から対応の難しいクレームが寄せられた際には、チームを組んで支えあって対応する。あるいは、4人の教員がチームとして3クラスを担任するなど、チーム担任制を敷くということが具体策としてあげられます。
教育現場の現状に目を向けると、生活指導や保護者対応、行事運営、広報活動などの学校運営業務を分担する校務分掌は進んでいるものの、人員が不足していることもあってチーム・組織としての動きは弱く、属人的になってしまっているケースも見受けられます。
しかし、子どもたちに対しても、保護者に対しても、教員の仕事は通り一辺倒にはいかず、不確実性が高いため、若手からベテランまでさまざまな教員がチームでかかわり、さまざまな目で問題を早期に発見・対応する体制を整えることが重要です。それがひいては、教員をめざすみなさんの不安低減にもつながっていくのではないでしょうか。
働き方改革の推進に向けて、3つの課題を提言
質問:教員の働き方改革に関して、今後はどのように進めていくべきだとお考えですか?
妹尾:今後に向けて大きく3つの課題をあげたいと思います。
1つ目は、残業の見える化を徹底することです。「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(給特法)の一部改正案の成立を受け、政府は教員の1カ月間の時間外在校等時間を平均30時間程度に削減することを目標と定めています。
しかし、時短を実現するためには業務削減や効率化が必要であり、教員にとってはこれまで以上に時短に対するプレッシャーがかかることが予想されます。結果として時間内に業務を終えられない場合、残業時間を過少申告したり、家への持ち帰り仕事が増えたりと、残業の「見えない化」が進むおそれがあります。
健康リスクをモニタリングできない事態になりかねないので、この対策は急務。クラウドシステムを活用して自宅での授業準備等の労働時間を一元管理するなど、労務管理のさらなる徹底が求められます。
2つ目は、時短一辺倒からの脱却です。ここ10年来の取り組みによって勤務時間が過労死レベルを超える人は減ってきているものの、精神疾患によって休職する教員は増え続けているという実態があります。時短だけを追い求めても、教員は必ずしもハッピーになるわけではないということをデータが示唆していますので、時短に向けた取り組みを進めるとともに、教員のウェルビーイングやワークエンゲージメントをモニタリングし、高めていく施策を考えていく必要があります。
たとえば、時短によってゆとりができた自分の時間を使って、社会科の教員が国内外を気ままに旅行し、旅先で得た経験や知見を社会科の授業に取り入れる。そうやって仕事とプライベートが相互にかかわりあい、働きがいと働きやすさを両立できる状態がベターだと思います。あるいは、働きがいを阻害しかねない要因を減らしていくことも、結果的にワークエンゲージメント向上につながると考えます。たとえば保護者からのクレーム対応を学校から切り離し、外部の専門家が関与するといった施策が有効になるでしょう。
3点目は、内発的な改善を促すことです。つまり、教員ならびに教員以外のスタッフが主体的に業務改善やしくみづくりなどのアイデアを出しあい、職場改善活動を進めていくことが効果的です。もちろん教育委員会や校長によるトップダウンが必要になる場合もありますが、それだけでは教職員の“やらされ感”が募ってしまい、結果的に推進力が弱くなりますから、教職員の参画意識を高めるためにも、ボトムアップによる取り組みをもっと推進する必要があります。
先ほど触れた学校と家庭・地域の役割分担が曖昧な業務については、教育委員会や校長がトップダウンで仕分けしていくべきだと思いますが、教育活動については、賛否両論のある領域なので、教職員のさまざまな意見を尊重し、外部の専門家の知見も活かしながら内発的に改善していくことが大事になると思います。
いまは、学校の働きがいと働きやすさをともに高められるかどうかの分岐点です。先生たちがいきいきしているか、ハッピーかどうかは、子どもたちへの教育やケアにも必ず影響します。
子どもたちのためにも、いまの教職員を大切にしていくことが、一丁目一番地なのです。