本稿は連載企画「令和に求められる人事評価制度を考える」の第3回となる。仕事に対する価値観や働き方の多様化が進んでいるが、人事評価制度はアップデートできているのか。こうした疑問から始まった本企画だが、第3回は人事コンサルタントとして多くの企業の人事労務に関するコンサルティングを行っている藤崎氏に納得感を高めるための人事評価の在り方について解説していただいた。
藤崎 和彦 (フジサキ カズヒコ)
みらいコンサルティンググループ社会保険労務士法人みらいコンサルティング 代表社員
株式会社みらいの人事 代表取締役
<経歴>
2006年にみらいコンサルティンググループへ入社し、中堅中小企業を中心に200社以上の人事労務のコンサルティング実績あり。2019年に人事評価システム ミライクを提供する株式会社みらいの人事代表取締役へ就任
なぜ、人事制度を精緻化しても不満は消えないのか
最近は、「人事評価制度を刷新したい」 という相談を数多く受けますが、多くの会社が直面しているのは「制度の老朽化」だけではありません。
社員インタビューや経営層との求める人材像などに関するディスカッションを通じて、評価項目を詳細に定めたとしても、現場からは「納得できない」「正当に評価されていない」という不満の声が上がり続ける――。このような悪循環に陥っているケースもあるのが現状です。
人事コンサルタントとして多くの会社を支援する中で、人事評価制度において重要なのは、「何を評価するか(制度の仕組み)」と「誰が評価するか(運用者の行動)」の両軸の視点をもって設計・運用することです。
本稿では、令和の時代に求められる人事評価の在り方について、現場の運用と経営の意志という観点から紐解いていきます。
「精緻な仕組み」が招く落とし穴
多くの企業が陥りがちなのは、評価制度そのものの「完成度」を高めることばかりに努力してしまうことです。もちろん、公正な基準は必要ですが、ここに過度なリソースを割くことは、かえって本質を見失う原因となります。
「何を評価するか」偏重の弊害
典型的な失敗パターンとして、以下のような事例が挙げられます。
評価項目の細分化
コンピテンシー や行動指標などの項目数が多く、かつ、細かく規定しすぎた結果、評価者が項目の確認作業に追われ、部下の本質的な成長や貢献を見落としてしまう。
マニュアル・研修の形式化
「評価エラー(一つの印象が全体評価に影響するハロー効果や極端な評価を避ける中心化傾向 など)を起こさないための研修」ばかりが行われ、肝心の「どう部下の意欲を引き出すか」という対話のスキルが置き去りにされる。
フィードバックの形骸化
評価点数をつける付けることや、システムへの入力作業が目的化し、本人へのフィードバックが単なる「結果通知」になっている。
制度を作り込むほど、現場には「やらされ仕事」感だけが蓄積されていきます。
現場の不満は「評価者の日頃の行動」に向けられている
社員アンケートやインタビューを通して見えてくる被評価者(部下)の人事評価への不満は、実は「評価基準があいまい曖昧だ」といった制度自体に関する話よりも、もっと情緒的で人間関係に根差したものが大半を占めます。
実際、マイナビの調査でも、賞与への納得感は評価に対するフィードバックの有無と強い相関があることが示されており、評価基準そのものだけでなく、評価者による対話の質が従業員の納得感を左右する一因となっていることがうかがえ窺えます。
部下が感じている「見られていない」孤独感
被評価者が評価者(上司)に対して抱いている不信感の原因は、以下の点に集約されます。
1.面談が機能不全
人事評価においては、フィードバック面談などの対話の機会が設定されていますが、評価者が下記のようにうまく対話を引き出せていないケースが多く、被評価者の納得感や前向き感が高まらない結果に陥っています。
A) 評価者が一方的に話し、被評価者が話を聞いていない
B) 面談に対して後ろ向きで形式的な内容になっている
C) 多忙を理由に面談時間が短い、または、面談が実施されない
2.コミュニケーション不足
評価者の多忙を理由に被評価者の「日頃の行動」を観察できないケースがあり、フィードバックや育成に向けたサポートも不足してしまいます。
このような状況の場合、被評価者としては、「そもそも私のことを見ていない評価者に評価してほしくない」という不信感があり、評価制度は機能しないのです。
管理職を責めても解決しない「構造的な問題」
では、評価者である管理職の意識を変えればすべて解決するのでしょうか?実はそう単純ではありません。評価者だけを責めることは酷であり、非現実的です。
プレイングマネジャーの限界
現代の評価者(管理職)の多くは、組織目標達成に向けて自ら現場の先頭に立ちながら部下を管理する「プレイングマネジャー」であり、マネジメントに注力することが難しい現実があります。
- 時間的リソースの枯渇
組織の目標達成に追われ、部下を観察したり、じっくり対話したりする時間が物理的に取れない。
- 業務の高度化・複雑化
ビジネス環境の変化が速く、プレイヤーとしての業務知識のアップデートだけでも手いっぱいになる。
この状況下で、経営層・人事部から「丁寧に評価するように」「頻繁に1on1をするように」と指示があっても、現場は「これ以上、業務を増やさないでくれ」と悲鳴を上げるのが本音です。
人的資本経営に向けた処方箋
この行き詰まりを打破するためには、経営層と人事部門が主導して、「管理職の役割」を再定義する必要があります。
(1)経営者の役割:意識とリソースの配分を変える
「人的資本経営」が重視される今こそ、経営トップは以下のメッセージを明確に発信し、環境を整備すべきです。
1.人材こそが最大の資源であるという認識
「業績を上げる」ことと同等以上に、「人材育成」を行うことが管理職の最重要ミッションであると定義し直すこと。
2.部下と向き合う「時間」の創出
精神論で「頑張れ」ではなく、管理職の業務負担の軽減や定型業務のDXによる効率化などを通じて、部下のマネジメントに充てる時間を物理的に確保する。
(2)人事部の役割:監視役から伴走者へ
人事部門もまた、人事制度を管理する役割から、現場管理職の「サポーター」へと変わる必要があります。
1.「評価」から「対話」へのシフト
精緻な評価付けに時間を使わせるのではなく、シンプルな人事評価に変更し、その分浮いた時間を「対話」に充てるよう誘導する。
2.管理職への具体的支援
評価マニュアルを配るだけでなく、忙しい中でも実践できる「短時間でのフィードバック手法」や「部下の強みの見つけ方」など、実践的なスキルサポートを提供する。
おわりに
人事評価制度の変革とは、単に評価シートの項目を書き換えることではありません。「忙しいプレイングマネジャーが、部下という『人』に関心を持ち、成長を支援できる状態をどう作るか」この問いに対し、経営としての覚悟と具体的なリソースの配分を行うことこそが、令和の時代に求められる人事評価改革の本質です。
制度という「ハード」ではなく、それを運用する人と組織の「ソフト」に目を向けること。それができた時、人事評価は単なる査定ツールから、企業の成長エンジンへと進化するはずです。