シニア社員の活躍が求められる今、ミドルシニアに対してリスキリングを促す声は高まっています。ただ、それを個人の努力だけに任せてしまうのには無理がある。そもそも、若手社員とシニア社員が共に働き、互いの強みを発揮できるような組織的な風土が整っているのか。そこにはまだ多くの課題が残されていると考えた。
本稿は連載企画「シニア社員が活躍する組織」の3回目である。シニア社員が若手社員とともに活躍するために必要な組織マネジメントの在り方について、今回は、釧路公立大学の岸田泰則准教授に、お話を伺った。
シニア期の能力開発不足や役割のあいまいさ、マネジメントの不在、そして“年齢による身構え”としてのエイジング・コンプレックス。これらに組織としてどう向き合い、多世代が協働できる職場をどう築いていくべきなのだろうか。
岸田 泰則 (きしだ やすのり)
釧路公立大学 准教授
博士(政策学)(法政大学)。㈱IHI、IHI運搬機械㈱を経て、2025年4月より現職。専門は組織行動論。主著に、『シニアと職場をつなぐ―ジョブ・クラフティングの実践』(学文社)など。『全能連マネジメント・アワード』アカデミック・フェロー・オブ・ザ・イヤー受賞。人材育成学会奨励賞(研究部門)受賞。M-GTA研究会 世話人。日本労務学会 理事北海道部会長。
能力開発・役割不明確・マネジメント不在という三つの壁
日本企業でシニア社員が活躍する組織を作るうえで、どのような課題があると思いますか。
岸田:私が会社勤めをしながら大学院に入った際、修士論文のテーマに選んだのが高齢者雇用の問題です。会社員時代に出会った優秀な先輩方が、ポストオフの後に輝きを失っていく姿を見ていて、とても残念に感じていました。優秀な人材がたくさん集まっているのに、50代半ば以降に活躍できる環境がないことが、「日本にとって非常にもったいない」と思ったのです。
日本は65歳までの雇用確保を企業に義務づけるなど、世界でも珍しいほど高齢者雇用を推し進めていますが、いわば福祉的雇用のようになっている面があります。一方、高齢者の雇用を維持することが、若手人材の採用を阻害するのではという意見もあり、高齢者雇用の問題はさまざまな議論を巻き起こしています。しかし、私はむしろ「シニアと若手が共に働ける職場をどう作るか」を考えることのほうが意義ある研究ではないかと感じていました。
そのうえで課題を挙げると、ミドルシニア時期の能力開発がされていないということです。企業の研修は、新卒採用時は手厚いです。その後、課長、部長といった階層別教育になっていくのですが、50代、60代以降のキャリア教育、能力開発がされていない。これは企業だけの問題ではなく、国全体の問題でもあると思います。
OECDの統計を見ても日本の公的支出における教育費の比率は低く、OECD加盟38カ国中34位の状態です。そうした状況の中で、さらにシニアの能力開発が足りていないことは、人的資源を生かすという面でも大きな課題だと感じています。
また、シニア社員の役割や位置づけがあいまいだということも問題です。定年後再雇用になっても、役割を付与せず、また期待を明示せず、「まあ今まで通りで」となってしまっている。そうすると、シニアの方も何をしていいかわからない状態に陥りがちです。
さらに、マネジメントが不在であることも課題だといえるでしょう。若手社員は、先輩の背中を見て学ぶことが多く、どちらかというとほったらかしになりがちです。それが、シニアの年代が対象となると、年上の部下にはちょっと話しづらく感じることもあるでしょうから、一人ひとりに向き合うマネジメントが欠けているのではないでしょうか。
また、部課長に対するマネジメント教育も不足しています。自分の会社員時代を振り返っても、マネジメントについて教わってこなかったなとつくづく思います。ケース・バイ・ケースではありますが、マネジメントや組織論の研究の知見には活用できるものがたくさんあります。こうした知見をもっと取り入れていくべきだと思います。
エイジング・コンプレックスと価値観のズレを克服するために
シニア社員と若手社員が共存する職場で、特に摩擦やすれ違いが生じやすいポイントがあれば教えてください。
岸田:法政大学で労働法の研究をされていた諏訪康雄先生が、あるシンポジウムでおっしゃっていたことですが、“エイジング・コンプレックス”という考えを教えてくれました。シニア、年上の方は、年下に対して「弱みを見せちゃいけない」とか、「偉ぶらなきゃいけない」みたいな価値観がある。
一方で、若手も「敬わなきゃいけない」とか「経験不足だから生意気なことを言っちゃいけない」と萎縮してしまう。お互いにそれが過剰になってしまうと、自由闊達(かったつ)な意見が出ないわけです。このエイジング・コンプレックスをなくして、ジェンダーレスと同じように“エイジレス”に変えていくことが大事なのですが、これはかなり根深い問題です。
特に私がこれまで見てきた社会では、女性のほうは、子育てや再就職などの“越境経験”があり、サードプレイスを持っておられる方が多い一方で、男性はどちらかというと同質性の高い組織でそうした越境経験をしないまま仕事をしている人が多いように感じます。そのため、どちらかというと女性のほうがひとつのキャリアに固執しない軽やかさがあるように感じます。
また、今の学生と接していて思うのは、世代間の価値観の違いも大きいですね。私たちの年代はモーレツ社員の時代でしたが、今の学生はワーク・ライフ・バランスを大事にしているし、私が教員をしている大学の授業の様子を見ていても非常に真面目です。出席率も高いし、倫理観も強い。また、接している情報源も、昔と今ではずいぶん違いますね。世代が違うということは、そういう価値観や情報の違いがあるということを、まずは知る、理解しようとすることが大事だと思います。
役職定年の再考と個別マネジメントの必要性
「役職定年」や「年齢による役割固定」など、制度面での課題についてもご意見をお聞かせください。
岸田:高齢者雇用の研究を始めた頃から、役職定年制度はそのうちなくなっていくんじゃないかと思っていたのですが、まだ一部では根強く残っているようですね。やはり年齢だけを理由に一律に役職を外されるというのは、モチベーションを下げてしまいます。人間は社会に貢献したいという意欲を持っていますから、年齢で能力が下がるわけでもないのに一律で切ることには疑問を感じます。
本来は、年齢基準の制度はなくして、実態に即した運用をすればいいのではと思います。個別のマネジメントや人事戦略を立てていけばいいはずなんです。社長になる人でさえ、いつかは世代交代しなくてはいけない。そのことについては、ある程度の年齢になるとバトンタッチしていくものだと誰もが納得していますよね。でも、本来は個対応の人事施策で新陳代謝を進めるべきところであるのに、制度を言い訳にして、役職定年制度で一斉に切られる状態が続いていますね。
ポイントは、役職が上がったらそのままにすることを当たり前にするのではなく、「降格することがある」という状況にすることですね。課長になってみたけれど、実はマネジメントに向いていないとわかった場合、降格できるような柔軟な仕組みがあればいいですね。
プレイヤーとして良い業績を上げられる人を昇格させがちですが、マネジメントというのは「他人の手を使って何かをなす」ことですから、違う能力なのです。昇格させてみてマネジメントの適性がなければ、降格できるような仕組みになればいいのではないかと思います。
年齢基準を越え、役割と学びで支えるシニア活躍
シニア社員が活躍する組織の在り方、必要だと思われる企業側の対策について教えてください。
岸田:「年齢基準によらない仕組みを作り上げていく」ことが一番重要だと思います。役職定年制度もそうですし、賃金に関しても、年齢とともに自動的に上がる年功賃金ではなく、働く価値や役割で評価される仕組みができるといいですね。そして、個人ごとに役割を明確に付与していくこと、個人ごとに対応する細やかなマネジメントが大切だと思います。
それから、最初にも言いましたが「能力開発の仕組み」も大切です。「社会人になってからも、学ぶんですか?」って思う人がまだ多いのですが、年齢とともにアップデートしていく必要があるわけです。学びには、現場の経験から学ぶことと、全く違う世界から学ぶこと、つまり内と外から学ぶという二つの側面があると思います。今はオンラインスクールや安価なビジネススクールなど、学ぶ手段はたくさんあります。お金をかけなくても学べる時代なので、社会人になってからも学び続けてほしいですね。
また、「知らないと言える」「助けてと言える」ことも大切です。シニア本人の姿勢はもちろん、そう言える職場環境を育み、学びを奨励する文化を作ることです。特にデジタルの分野については、シニアが若者に教わる場面も増えます。これを“SOC理論(選択・最適化・補償の理論)”で説明することもあるのですが、年を取って失うもの、たとえば身体能力の衰えなどは確かにあります。
ただ、その分、人の助けを借りれば良いわけです。つまり「若者から学ぶ」ことで補償すればいいんです。 しかし、「助けて」と言えない、「知らない」と言えない状態が続くと、学びが止まってしまいます。「知らない」ことは恥ずかしいことではないと考え、「知らない、助けて」と言えることが、学びを進めるためのポジティブなことだと捉え直せるといいですね。
ITから地域企業まで広がるシニア活躍の場
シニア社員が活躍されている職場の好事例があれば教えてください。
岸田:前職の会社では、50歳代のキャリアデザイン研修を始めています。また、IT業界ではシニアのエンジニアが見直されているという話を聞きました。レガシーシステムの言語はシニアしかわからない、逆にそこが必要なんだと。ITこそ若者のものという先入観がありますが、プロジェクトマネジメントの知見なども含めて、シニアが活躍できる場がしっかり存在するという好例ですね。
研究活動で出会った中小企業の事例では、岐阜県の株式会社加藤製作所が、土日に工場を稼働させるために60歳以上の高齢者を採用したという例もあります。「土曜・日曜は、わしらのウィークデー。」「意欲のある人求めます。男女問わず。ただし年齢制限あり。60歳以上の方」とのキャッチコピーで高齢者を募集したところ、とても大きな反響があったようです。
また、石川県の株式会社オハラでは、工場での早朝勤務を、朝に強い高齢者に任せて受注増を乗り切っておられました。
さらに、岐阜県の株式会社サラダコスモが運営する観光物販施設「ちこり村」では、60歳以上の高齢者が優先雇用されています。観光客に感想を聞いてみると、シニア社員の接客のほうが「優しい」とか「ギスギスしないので良い」という回答が返ってきます。シニアの方の優しさというか、ちょっとおせっかいだったりするサービスが、逆に温かい気持ちになったり、余裕があっていいみたいです。
経験の蓄積で広がるシニアの新たな役割
シニア社員が活躍する組織について、業種や職種の違いはあるのでしょうか。
岸田:基本的には、仕事能力は経験から生まれるものが大きいですから、業種や職種を問わず、経験を積むことで能力の蓄積はできると思います。今は50代、60代でも元気ですし、頭の回転が鈍くなるわけではないですから、能力が下がることもないのではないでしょうか。
ただし、建設現場での仕事など、体力的な制約がある分野はあるでしょう。足が上がらないとか、つまずきやすいとか、これは生物として仕方がない部分です。実は、高齢者雇用が進んだために60歳以上の高齢者の労働災害も増えたのですね。そのため、厚生労働省が、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」という指針を出して、高齢者が安心して働ける職場環境づくりを推奨しております。
また、長年の経験を生かして、安全パトロールや安全教育を担う役割に回るなど、活躍の形を変えることはできます。「ヒヤリ・ハット」の経験なども、高齢者のほうが豊富な知識がありますから、大いに生かせる部分ですね。
デジタルの分野に関しても、60歳を過ぎてからプログラムを勉強し、ゲームアプリを作った方もいますし、60歳を過ぎてから弁護士になった方もいるようです。だから、年を取ったからダメということはあまりないのではないかと思いますね。「今が一番若い」と思ってやれば、活躍できる場は広がると思います。
シニア社員が活躍実感を持って働くためのアドバイスがあれば教えてください。
岸田:組織へのアドバイスとしては、「役割を明示する」ことが重要だと思います。福祉的雇用として、とりあえず残ってもらうという意識ではなくて、「この年代でこういうことを期待する」と明示する仕組みを作る。そしてフィードバックをすることです。上司は、シニア社員との対話を大切にしてほしいですね。
一人ひとりをきちんと見たうえで、ただ「何かやって」と言うだけではなく、「あなただからこれをお願いします」「〇〇さんのこういう経験を生かしてください」という言い方ができるといいですね。若手社員の方は、エイジング・コンプレックスを減らして、シニアを「使い倒す」くらいの気持ちで、遠慮せずに接していくのがいいのではないでしょうか。
シニア社員に向けては、まず、エイジング・コンプレックスを克服するために、積極的に若い人に接していく、そしてフランクになるということを意識してほしいと思います。また、自分を俯瞰(ふかん)的に見ること、メタ認知ができるかどうかが大事です。
また、ジョブ・クラフティングといって、仕事の意味づけを変える、仕事の範囲を変える、あるいは人間関係を変えて仕事を工夫するという概念がありますが、自分勝手に仕事を変えてしまって、いわゆる“暴走クラフター”になってしまうと、孤立して周りに迷惑をかけてしまいますので、注意が必要です。
周りが見えていないと良かれと思ってしたことが逆効果になる可能性があります。自分だけで突っ走らずに、周りと対話しながら仕事を工夫していくことが重要です。そして、“サステイナブルキャリア”という視点も大切にしてほしいですね。
今の会社の中だけで考えるのではなく、健康や生活も含めて、長く働き続けるためにどうするか。会社を辞めた後の人生も含めて、自分のキャリアをどう継続していくかという長い時間軸で捉えていくといいと思います。