企業を取り巻く環境が急速に変化する中、人材戦略の見直しが求められている。特に日本では、少子高齢化による労働力人口の減少、働き方改革による柔軟な雇用形態の拡大、そしてデジタル技術の進展による業務の高度化などがあり、これらの要因は、従来の人事管理では対応しきれない課題を浮き彫りにしている。
こうした状況下で、人的資本経営やESG経営の文脈において、その重要性が再認識されているのが「タレントマネジメント」である。
タレントマネジメントとは
タレントマネジメントとは、組織の目標やゴールを達成するために、従業員一人ひとりの能力や経験、価値観、志向性などを可視化することで組織が把握し、また一元管理することで、採用・育成・配置・評価・定着といった人事施策に戦略的に活用する人的資源管理(HRM)施策である。
従来の人的資源管理(HRM)が「人材を効率的に管理する」ことを目的としていたのに対し、タレントマネジメントは「人材の潜在能力を最大限に引き出し、組織の競争力を高める」ことを目的としている。
タレントマネジメントのプロセス
- 人材の可視化:スキルマップやキャリア志向のデータベース化
- 育成と開発:個別の成長支援プランの設計
- 適材適所の配置:業務内容と人材特性のマッチング
- 評価と報酬:成果と成長に基づく公正な評価制度
- 定着と活躍支援:キャリアパスの提示と働きがいの向上
これらのプロセスは、単なる人事施策ではなく、経営戦略と連動する「人的資本経営」の実践手段として位置づけられている。特に、企業価値の源泉がブランド価値などの「無形資産」 へとシフトする中で、人的資本の活用は経営の重要課題となっている。
また、タレントマネジメントはHRテクノロジーの進化とともに高度化しており、AIによる人材分析やクラウド型人材管理システムの導入が進んでいる。これにより、従業員の能力や志向性をリアルタイムで把握し、柔軟かつ迅速な人材戦略の立案が可能となっている。
タレントマネジメントの起源と理論的背景
タレントマネジメントという概念が広く認識されるようになったのは、1997年にマッキンゼー・アンド・カンパニーが発表した「The War for Talent」の中で言及されたことが契機となり、その後、普及していくようになった。
学術的には、タレントマネジメントは人的資源管理(HRM)の発展形として位置づけられることが多く、HRMが全社員を対象とした制度設計や運用を重視するのに対し、タレントマネジメントは「選抜的・重点的な人材育成」に焦点を当てるとされている。特に、戦略的HRMの文脈では、企業のビジョンや事業戦略と連動した人材活用が求められるようになり、タレントマネジメントはその中核的な手法として発展してきた。
しかし、タレントマネジメントの定義に関しては、大枠でいうと先述したとおりだが、厳密には、実務的にも学術的にも定まっていない(Lewis & Heckman,2006)。比較するために、主要なものを以下にまとめる。
タレントマネジメントの主な定義
実践的な取り組みを学術視点で3つに分類してまとめた定義(Lewis & Heckman,2006)
以下はそれまで主流だった実務家向けの出版物をもとにLewis & Heckman(2006)によって学術的な視点で分類され、定義づけられたものである。
- 採用、選抜、人材開発、キャリア開発、後継者計画のような一連のHRM施策。人事部門がこれまでも行ってきたような管理施策をより迅速かつ全社的な視点を持って取り組むものとして「タレントマネジメント」と呼称する。
- 企業内のあらゆる職務に従業員を効果的に配置するために、企業における労働力の需要を予測し、その需要を充足するために必要な人材を確保するためのタレントプールの開発に焦点を当てる施策。この施策では主に「後継者計画」を中心に運用する。
※タレントプールとは将来採用する可能性のある優秀な人材を中長期的に確保したり、その人材のデータを保持したりする仕組みのこと。
- 一般的に「ハイパフォーマー」といわれる人材のマネジメント施策。従業員の成果を発揮度でA、B、Cに位置づけ、なるべくすべての職務をAクラスの人材で充足できるようにしようとするもの。先述した「The War for Talent」に依拠する考え方とされる。
これらには、従来のHRM施策を言い換えただけであるものも含まれ、この定義ですべてをカバーできていないという指摘もある。
ATD(Association for Talent Development)による定義
以下は米国で発足した人材・組織開発の専門組織ATD(Association for Talent Development)によって定義されたものである。
企業の目標と整合した人材の獲得、能力開発、組織開発、後継者計画、パフォーマンス管理、アセスメント、キャリア開発、リテンション施策の8項目を有機的に統合させた施策。
これにより、組織文化や、エンゲージメント、人材の能力を構築することで、企業が短期、長期の成果を獲得することを可能とする。特徴としては対象が「従業員全体」とされている点である。
戦略的タレントマネジメント(Strategic Talent Management)
以下はCollings & Mellahi(2009)によって提唱されたものである。
企業が競争優位を獲得または維持することに貢献しうる職務、つまりキー・ポジションを体系的に特定して、そのキー・ポジションにふさわしい人材を輩出するタレントプールを開発するための一連のプロセスのこと。なお、このタレントプールは新たに人材を採用する外部採用と既存社員を育成する内部育成の両方があると考えられている。
この考え方の特徴としては対象が「一部の従業員」に限定されている点である。個々の従業員の貢献にはばらつきがあるため、戦略貢献に重要な貢献をすると考えられる一部の従業員に注力するという考え方だ。
このように、文脈に応じて多義的に用いられている背景があり、タレントマネジメントは単一の定義では捉えきれない複雑な概念であるといえる。特に「タレント」とみなす従業員の範囲を「全員」とする包含的アプローチであるか、もしくは「選ばれた一部」のみを対象とする排他的アプローチであるかが大きな違いといえる。
この点について、どちらが正解というものではないが、特に、今後労働人口が減少するといわれる日本においては、従業員全員がなんらかの能力や才能、資質を持っていることを前提に、それを引き出すという観点から論じられる包含的なアプローチのほうが望まれるのではないかと推察される。
このように、タレントマネジメントは理論と実践の両面で進化を遂げてきたが、その背景には、企業が人材を単なる「労働力」ではなく、「資本」として捉える視点の転換がある。
人的資本経営とタレントマネジメントの接続点
人的資本経営
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方である。この考え方は、経済産業省が2020年に発表した「人材版伊藤レポート2.0 」によって広く認知されるようになった。
この人的資本経営は、ESG投資の潮流とも密接に関係しており、特に「S(社会)」の要素として、従業員の育成や職場環境の改善が企業評価の重要な指標となっている。なお人的資本経営は下記で詳しく説明しているので、あわせてご覧いただきたい。
ISO30414と人的資本に関する情報開示の国際基準
ISO30414は、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した人的資本に関する情報開示の国際ガイドラインである。
企業が人的資本の状況を定量的・定性的に把握し、ステークホルダーに対して透明性の高い情報を提供することを目的としており、この規格では、11領域58項目の開示基準が示されている。これにより、企業は人材育成方針や社内環境整備、ダイバーシティ、エンゲージメントなどの指標を報告することが求められる。
タレントマネジメントとの接続
タレントマネジメントとは、企業が必要とする人材を確保・育成・維持し、最適に活用する経営戦略のことであり、人的資本経営が「人材を資本として捉える」マクロな視点であるのに対し、タレントマネジメントは「個々の人材の能力や適性を最大限に活かす」ミクロな実践であるといえる。
ISO30414の導入にあたっては、個々の人材の能力や適性を可視化し、把握することが必要であり、タレントマネジメントシステム(TMS)の活用が不可欠とされている。人的資本情報の収集・分析・可視化を支える基盤として位置づけられていることから、人的資本経営とタレントマネジメントは、戦略と実践の両輪として機能するといえる。
人材を「資源」から「資本」へ、タレントマネジメントの再定義
タレントマネジメントは、単なる人材管理の枠を超え、企業の持続的成長を支える戦略的な基盤として再定義されつつある。従業員一人ひとりの能力や志向性を可視化し、適切に育成・配置・評価することで、組織全体のパフォーマンスを最大化する。この考え方は、人的資本経営の実践と深く結びついている。
また、ISO30414や人的資本情報の開示義務化といった制度的な後押しにより、企業は人材への投資を「見える化」し、社会的責任を果たすことが求められている。タレントマネジメントは、こうした変化に対応するための実践的な手段であり、経営戦略と人材戦略をつなぐ架け橋となる。
今後、企業が人材を「資源」ではなく「資本」として捉え、個人の可能性を最大限に引き出す組織づくりを進めるためには、タレントマネジメントの深化と定着が不可欠である。制度やツールの導入だけでなく、組織文化の変革を伴う包括的な取り組みが、未来の人材戦略を形づくる鍵となるだろう。
■参考文献
Collings, D. G. and Mellahi, K. (2009) “Strategic Management: A Review and Research agenda”, HumanResource Management Review, 19:4, pp.304-313.
石山恒貴, & 山下茂樹. (2017). 戦略的タレントマネジメントが機能する条件とメカニズムの解明―外資系企業と日本企業の比較事例研究―. 日本労務学会誌, 18(1), 21-43.
柿沼英樹. (2015). < 査読付き論文> 企業におけるジャストインタイムの人材配置の管理手法の意義–人的資源管理論でのタレントマネジメント論の展開–. 經濟論叢, 189(2), 49-60.
柿沼英樹. (2022). タレントマネジメントをめぐる類型化に関する一考察.
Lewis, R. E., & Heckman, R. J. (2006). Talent management: A critical review. Human Resource Management Review, 16(2), 139–154.
守屋貴司. (2014). タレントマネジメント論 (Talent Managements) に関する一考察. 立命館経営学, 53(2/3), 23-38.