マイナビ キャリアリサーチLab

連載『高齢化社会における定年後のキャリアを考える』
第3回 定年後のキャリアの鍵は社外コミュニティにある—九州大学ビジネス・スクール講師 碇邦生氏

碇邦生
著者
九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表
KUNIO IKARI

「長期雇用」と「組織の新陳代謝」のジレンマ

高齢化社会と人手不足が深刻化する中で、多くの企業は「定年」の考え方を改める岐路に立たされている。少なくとも、定年の年齢を65歳まで引き上げる必要があり、近い将来には70歳も視野に入れることになる。場合によっては、そもそも定年という制度そのものをなくすことも議論の俎上に載せることになる。

一方で、同じ従業員を今まで以上に長期間雇用し続けることは健全な経営につながるのかという問題もある。長期雇用にはデメリットもあり、主要なものをあげると3点ほど、あげられる。

長期雇用の3つのデメリット

第1に、外部環境の変化によって、企業競争力を維持するためにはスキルセットを変え続ける必要がある。

たとえば、かつての金融業は大量の文系新卒採用を行い、労働集約的な営業力を競争優位の源泉としていた。そのため、1,000名以上の新卒採用をしている企業も珍しくはなかった。しかし、フィンテックの進歩とともに、エンジニアの採用ニーズが高まり、労働集約的なビジネスのニーズが減るとともに新卒採用の人数も減っている。

三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行のメガバンク3行の2016年の新卒採用数は5,000人以上だが、2024年には1,200人程度にまで減少している(※1) 。ビジネスモデルの変化を伴うようなスキルセットの大幅な変更を、長年働いてきたベテランの従業員に求めることは容易ではない。
(※1)日経電子版、『3メガバンク中途採用5割に迫る 24年度、三菱UFJは6割』、2024年5月1日 。

第2に、組織としての硬直性が高まり、時代の変化に取り残されるリスクが高まる。

長期間、同じ環境にいると人は変化を嫌うようになる。尚且つ、長く同じ組織にいるからこそ、さまざまなしがらみや複雑な関係性を理解しているため、小さな変更であってもトラブルが起きないように調整することの困難さが見えてしまう。そうして変化に対する躊躇や抵抗感が原因となって時代の変化に適応できず、競争力を失う企業は少なくない。

第3に、人件費の高騰の問題だ。

年功制を廃止したといくら主張したとしても、長期雇用を成立させるためには、インセンティブとして「勤務年数が長くなることによって収入が増える」というキャリアパスを用意する必要がある。そうなると、従業員の平均勤続年数が長くなるとともに、給与水準も高止まりさせることになる。加えて、給与が上がったとしても、それに見合った仕事やポストを準備できるとは限らない。

神戸大の加護野名誉教授が「人質理論」と呼んだように、長期雇用のインセンティブを機能させるには、ある一定の勤続年数を超えると支払う給与に対して生産性の方が低くなる現象が起きる。従業員の平均勤続年数が長くなると、給与と生産性のバランスが悪化することになりがちだ。

これらの問題に対処するために、一定の年齢で新陳代謝を生み出すことができる「定年制」は合理性のあるシステムだった。しかし、高齢化社会とともに定年の年齢が引き上げられる中で、この合理性の担保が難しくなっている。

高齢化社会と人手不足で長期雇用が求められる一方で、組織の新陳代謝も進めていかなくてはならない、企業のジレンマがここにはある。

定年後の働き方に関する3パターンの考え方

このようなジレンマのある企業で長年働いている50代後半の社員は、現状、定年後の働き方についてどのように考えているのだろうか。2023年に実施した某大手製造業でのインタビュー調査(15名)から、定年後の働き方について3パターンの考え方が見えてきた。(※2)

単線型定年後も、定年前と同様に会社がキャリアを用意してくれていると期待する考え方
一時停止型定年を1つの区切りとして捉え、具体的なイメージはないが、何か新しいことに挑戦してみたいと模索する考え方
複線型定年後を見据え、早い段階から次の挑戦のための準備を始める考え方
表:定年後の働き方の3パターンの考え方

(※2)本調査の結果は『山崎 京子・辰巳 哲子・碇 邦生(2024)「日本型雇用システムにおける50代後半のサスティナブル・キャリア-トランジション前のキャリア認知の探索的研究-」、第20回キャリアデザイン学会研究大会』にて発表報告された内容を参考にしている。

単線型

1つ目のパターンは「単線型」だ。このパターンでは、これまでのキャリアは会社に言われるままに目の前の仕事に取り組んできて、定年後の働き方や生活も会社がプランを準備してくれているだろうと期待している。 また、中には「やりたい仕事」があったが機会に恵まれなかったり、せっかく機会を得てもやむを得ない事情によって短期間で異動となったり、「仕事とは思うようにはいかないものだ」と無力感を覚えているケースもある。

インタビューの中では、「これまで会社に尽くしてきたのだから、定年後もこれまでと同様に会社が考えて欲しい」という期待を語る人もあった。

一時停止型

2つ目のパターンは「一時停止型」だ。このパターンでは、具体的なビジョンはないものの、定年を1つの区切りとして、定年前と後を延長線上には捉えていない。「貯金はあるから、定年が来てからじっくりと考えよう」や「会社員の間はやりたくてもできないことがあったから、定年後にはそういった新しいことに挑戦したい」という意欲が語られていた。

複線型

3つ目のパターンは「複線型」だ。このパターンでは、40代・50代のころから定年後を見据えて、新たな挑戦のための準備を始めている。たとえば、定年後に起業しようと自分の専門領域ですでに起業している経営者と人脈を作り、MBAや学会活動に参加して定年後も専門家として価値を発揮できるようにスキルセットを更新している。

ユニークな事例としては、定年後に飲食店を開業することを見越して自宅を購入し、準備を進めている語りもあった。また、「定年後だから、お金にならないからと本業にしなかった趣味の活動を本業にしたい」という方もいた。

ハイブリッド型

また、2つ目のパターンと3つ目のパターンでは、ハイブリッド型の考え方をする人もいた。60歳手前になって何か新しいことを挑戦しようかと、とりあえず旅行業務取扱管理者の資格を取得したところ、地方経済の課題が見えてきて、地方の中小企業の経営強化のために自分の専門性が生かせるのではないかとケースもあった。この方の語りでは、当初は「一時停止型」の考え方だったのが、行動する中で「複線型」にシフトしている。

パターンの優劣はない

インタビュー結果からは、大別してこれらの3つのパターンが見えてきた。これらのパターンを解釈するときに注意したいのは、3つのパターンの中で優劣はないということだ。

パッと見では「単線型」のパターンはほかの2つと比べると劣ったように見えるかもしれないが、インタビューを通して感じたのは、生活が安定していて、幸せそうな方が多かった。経済的な不安がないのであれば、これまでの会社が用意するキャリアに従うという選択肢は悪くはない。

また、怪我や大病を患い、思い切り働くということが難しいケースもある。定年後の人生は、なにも働くということが絶対ではない。一方で、40歳を超えてから子供ができていたりすると、定年後も第一線で働かないといけないという経済的な理由を持つ人もいた。

つまり、個人の事情は多様であって、一言で「正解」といえるようなキャリアはないということだ。

「職場と家庭の往復」で毎日が終わっていないか?

インタビュー調査を通して感じたことは、「単線型」の人と比べて、「一時停止型」と「複線型」の人たちは、人間関係が職場と家庭に閉じていないことが多いということだ。趣味のコミュニティ、社外の勉強会、社会人大学院の仲間、業界団体など、自分が活躍できるフィールドを持つ傾向にある。「職場」と「家庭」のほかに、自分の居場所があるということだ。

サードプレイスを持つメリット

似たような概念に「サードプレイス」がある。1989年にアメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した概念で、自宅(ファーストプレイス)や職場(セカンドプレイス)とは異なる、地域社会におけるコミュニティ形成のための中立的な場だ。

経営学では、サードプレイスが個人の幸福感やメンタルヘルス、主体的な仕事への取り組み姿勢にポジティブな影響を及ぼすという結果が報告されている。

会社の外の世界を知っており、尚且つ、自分の市場価値を理解していると、定年後も働こう・働きたいと考え、心構えや具体的な行動に移すことにつながる契機を得やすい。反対に、自分の世界が「職場」と「家庭」に閉じていると、なかなか自分のキャリアに対して主体的に考えることが難しくなる。このことは、前稿(※3)での定量調査の結果でも示唆されている。
(※3)碇 邦生、「第2回 定年に明確なビジョンを持つ50代の3つの特徴」、連載『高齢化社会における定年後のキャリアを考える』」、マイナビキャリアリサーチラボ、2024年11月15日

健康寿命は延び続け、60歳代だからとパフォーマンスが落ちるとは限らない。健康であるならば、もっと働きたいと考える人は少なくないだろう。そういった人たちが「一時停止型」や「複線型」の考え方を持ち、具体的な働くイメージを掴むために、40代・50代のころから社外のコミュニティを積極的にかかわっていくことをお勧めしたい。

特に、定年後の働き方では若いころと異なり、すでに高度な専門性と実務経験を持つ。これらの強みを生かすことで、若いころには選択できなかった「趣味を仕事にする」など、より自由な働き方が実現できる余地も大いにある。定年後の働き方は若いころよりも思い切った決断ができる、自由度の高い選択が可能なのだ。


九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生

著者紹介 

九州大学ビジネス・スクール講師 合同会社ATDI代表 碇 邦生
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。15年から人事系シンクタンクで主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

※所属や所属名称などは執筆時点のものです。

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